キャタピラー - 小梶勝男

◆江戸川乱歩の「芋虫」をモチーフにした、若松孝二監督らしいエロティックで幻想的、かつ政治的な反戦映画。戦場で四肢を失って帰ってきた男の妻を演じる寺島しのぶが、ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を受賞した(80点)

 主演の寺島しのぶが、ベルリン国際映画祭で日本人として35年ぶりに最優秀女優賞を受賞した話題作だ。監督はかつて、ピンク映画の巨匠と呼ばれ、その後も政治的な作品を発表し続ける若松孝二。本作も若松監督らしい、エロスと権力への怒り、反戦思想が結びついた奇怪で刺激的な作品だ。

 シゲ子(寺島しのぶ)の元に出征していた夫・久蔵(大西信満)が、四肢を無くし、顔面の半分が焼け爛れた無残な姿で帰ってくる。3つの勲章を胸に、村で「生ける軍神」と呼ばれる久蔵だったが、シゲ子にとっては久蔵の食欲と性欲を満たすばかりの日々が続いた。やがて、大本営が発表する勝利の報告にもかかわらず、生活は困窮を極めていく。

 「原作」の表記はないが、江戸川乱歩の短編「芋虫」をモチーフにしている事は間違いない。子供のころ読んで、大変なショックを受けた。その後、少年漫画誌でマンガ化されたものを読んだ記憶があるのだが、誰が書いたものか、覚えていない。ご記憶の方はいらっしゃらないだろうか。今考えると、よくもあんな陰惨で変態的な物語をマンガに出来たな、と思うほどだった。

 乱歩の小説は怪奇幻想色が濃いが、本作は若松監督だから、小説では隠れたテーマになっていた反戦思想が前面に出ている。何度も何度も、しつこいくらいに昭和天皇皇后の御真影や、勲章、勲功を讃える新聞記事などが写される。これが映したかったから、映画を作ったのではないかと思うほどだ。その一方で、食欲と性欲しかない「肉の塊」と化した男の無残な姿が、長閑な田園風景の中で描かれるのである。その対比は、国家がいくら嘘臭い奇麗事を言おうと、国民にとっては性欲と食欲、「食べて、寝て」の繰り返しなのだという若松監督の主張が伝わってくる。そして、昭和天皇・皇后の御真影は、天皇の戦争責任を明確に問うている。

 イデオロギッシュな作品ではあるが、それだけでない。ベルリンで受賞したからというわけではないが、寺島しのぶの演技はやはり凄い。作品をただの反戦イデオロギー映画でも、変態ホラーでもなく、一種独特のファンタジーにしているのは、映画の中心に常に寺島がいるからだろう。夫への嫌悪感、「軍神の妻」としての奇妙なプライド、貞淑な妻という表の顔に隠された変態的な性欲、頭の中からではなく、体の中から沸き起こる国家や時代への苛立ちなどを、見事に表現している。停電になってランプだけの光の中、四肢を失った夫とシゲ子が裸で重なり合う場面は、妖しい美しさを感じさせる。大八車に夫を乗せてシゲ子が村を歩く場面、シゲ子が裸になって庭で体を洗う場面、夫の待つ蚊帳の中に入っていく場面など、一つひとつが実に幻想的に撮られていて、イデオロギーの前に、映像として強烈に惹きつけられる。限られた場所でだけ撮影されていることが、予算の少なさを感じさせる場面もあるが、それ以上に、ひどく魅力的な場面があるのだ。

 そして、敗戦の日の晴れ晴れとした青空が、見事に描かれていることに感動した。戦後生まれの私は勿論、敗戦の日を知らないが、映画や小説などでイメージするあの日の空に、ピッタリの映像だった。若松監督はそのとき小学校3年生だったというから、きっとあんな空を見たのだと思う。

 一部に、本作が日本兵の中国での蛮行を描いていることが問題だという指摘もあったが、主人公のトラウマとして描かれているので、日本軍の戦争犯罪かどうかはよく分からない。日本軍の戦争犯罪を告発するのは本作の主たる目的ではないだろう。東京大空襲や原爆投下が描かれていることを考えると、むしろ、真っ当すぎるほど真っ当に、日本に限らず、国家を戦争へ導いた「権力」そのものを告発しているのだと思う。

小梶勝男

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