キャタピラー - 渡まち子

◆若松監督にとって戦争を描いた本作は過去の歴史をより深く総括する、ある種の集大成と言える(70点)

 平和な田園風景を背景に、一組の夫婦の生き様から戦争の愚かしさを炙り出す強烈な反戦映画だ。太平洋戦争末期、シゲ子の夫・久蔵は、盛大な見送りを受けて戦地へと赴くが、手足を失い顔面が焼けただれた姿で帰還する。無残な姿ながら“生ける軍神”として祭り上げられる久蔵。戸惑いながらも軍神の妻として久蔵に尽くすシゲ子。四肢や言葉を失っても食欲と性欲が衰えず、勲章や自らを讃える新聞記事を誇りにする久蔵に、シゲ子は空虚なものを感じ始めていた。やがて二人に敗戦の日が訪れる…。

 冒頭から何度もフラッシュバックで挿入される虐殺や強姦の悲惨な光景。故郷に戻って軍神になったはずの久蔵の脳裏に浮かぶ戦争の実態とは、彼が行なった罪深い蛮行に他ならない。そんな男を讃える村人、使い物にならない兵士を勲章を付けて家族に返す軍、引いては日本という国家の姿は、欺瞞というより茶番とさえ思える。手足を失った肉の塊のような夫を最初に見たときには叫び声をあげて逃げ出したシゲ子が、やがて銃後の妻の鏡、軍神の妻として誇らしげな顔になり、次第に出征前に夫から受けていた精神的・肉体的虐待を思い出して、立場を逆転させていくプロセスが恐ろしいほどだ。あくなき食欲と性欲をみせる久蔵の姿が異様なら、五体は満足でもシゲ子の精神もまたいびつに歪められている。60年代から70年代の政治イデオロギーを題材にすることが多かった若松監督にとって、戦争を描いた本作は過去の歴史をより深く総括する、ある種の集大成と言えるだろう。21世紀になって戦争の悲惨を実感しない現状に、この物語を作らずにはいられなかったに違いない。作品を支えているのは、第60回ベルリン国際映画祭最優秀女優賞を受賞した寺島しのぶの体当たりの熱演だ。この人は単に“脱ぐ”だけの女優じゃない。根性が据わった役者になった。戦争に正義などなく、ただ無残なだけ。これほどの深いテーマを84分という短い尺で描ききる演出力に感嘆する。戦場を直接描くことなく、戦争の愚かな本質が痛いほど伝わる静かな力作だ。

渡まち子

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