◆挫折に絶望するな、というメッセージ(80点)
大学生の五十嵐良一(佐藤隆太)は、憧れのプロレス研究会に入部するが、学生プロレスにおいて一番大事な"段取り"を覚えられずにいた。商店街で行われたデビュー戦で、良一は段取りを忘れてガチンコ(真剣勝負)の試合をしてしまうが、それが観客にウケて一躍人気レスラーとなる……。
プロレスというものを知っていればいるほど、この作品に対する感情移入度、理解度は高まるだろう。
主人公の良一は「一度寝ると記憶が消えてしまう」症状を持っている。一方、プロレスとは、少なからず記憶を必要とする特殊なスポーツである。その相反する両者のあいだに生まれる「歪み」にフォーカスしたのが、本作「ガチ☆ボーイ」。素材の良さ(面白さ)を上手に料理した作品といえる。
記憶が残らない人生は、生きた心地のしない人生だ。がしかし、良一は、瞬間瞬間をポラロイドカメラに収めながら、日々の出来事や感想を記したメモや日記を残し、懸命に生きている実感を得ようとする。その前向きな姿が涙を誘う。ところが一方で、その懸命さ、前向きさに"あっかんべえー"と舌を見せるがごとく、神は良一に挫折を与える。その無慈悲な現実がまた涙を誘う。
良一の実直さは、やがて仲間の気持ちを動かし、彼らもまた良一の思いに応えようとする。挫折があれば希望もある。捨てる神がいれば拾う神もいる。曇る日もあれば晴れる日もある。人生はプラマイゼロ、イーブンパーになるように仕組まれているのかもしれない、と思わせる作品だ。すなわちそれは、挫折に絶望するな、というメッセージともいえる。
なお、この物語における隠れキーマンは、泉谷しげる演じる良一の父親である。人生を狂わされたのはなにも良一だけではない。とくに家族(父親と妹)の苦悩は計り知れないものがある。ある夜、父親が良一がつけている日記を読むシーンは、この映画の大きな見どころだ。それまで平行線をたどっていた良一と父親の苦悩が、その瞬間にシンクロし、そこに本当の意味での理解が生まれる。
クライマックスの試合は、その厳然たる試合結果とは別に、リングを囲む観客から送られた拍手喝采が誰に向けられたものであったかがポイントであり、そこにプロレスの魅力と醍醐味が最大限に表現されている。そしてまた、プロレスと良一を重ね合わせたとき、プロレス同様、人生にも、勝ち負け以上に大切なものがある、というこの作品のメッセージが聞こえてくるのだ。
本作「ガチ☆ボーイ」のメガホンをとった小泉徳宏監督は、デビュー作「タイヨウのうた」(2006年)でもXP(色素性乾皮症)という特殊な病気を取り上げている。この監督による、病気とは無縁のテーマ作品も一度ぜひ見てみたいものだ。
(山口拓朗)