◆ディズニー/ピクサー初の3D作品。計算されつくした映像と完璧な物語に圧倒される秀作アニメ。(80点)
主人公・カールじいさんは、決してヒーローではない。だが、彼が繰り広げる冒険物語は、驚くほどの感動に満ちている。78歳のカールは一人暮らしの孤独な老人。最愛の妻エリーに先立たれ、住み慣れた我が家を奪われそうになった時、妻と憧れ夢見ていたのに果たせなかった、あることを実現させようと決意する。無数の風船を付け、家ごと空高く舞い上がったカールじいさんが目指すのは南米にあるという伝説の滝だ。なりゆきで一緒に旅をすることになった少年ラッセルと共に、カールは人生で最初の冒険の旅に出ることになる。
思い出がつまった家が、色鮮やかな風船を付けてふわりと舞い上がる時の高揚感は、現実ではありえない愛すべきファンタジーを可能にするアニメーションならではの魅力にあふれ、劇中で最もワクワクする場面だ。ディズニー/ピクサー初の3Dアニメとして話題なだけあり、色彩や構図の美しさは目を見張る。その上、物語の素晴らしさはほとんど完璧と言うしかないのだ。頑固なカールじいさんと太めの少年ラッセルの凸凹コンビは、南米の秘境で大冒険を繰り広げることに。そこで出会う幻の鳥や、伝説の冒険家の正体、彼の手下である犬たちのとぼけた行動など、ストーリーの面白さをあげればきりがない。
だがこの映画の最大の見所はと聞かれたら、迷わず、冒頭の、セリフなしのモンタージュ形式で描く、カールとエリーの人生の物語だと断言する。シャイな少年とおてんばな少女は惹かれあって結ばれる。嬉しい時も悲しい時もいつも一緒だった二人。平凡でささやかな人生こそ、非凡なる宝物なのだと教えられ、映画序盤で私は早くも涙ぐんだ。わずか10分のこの物語に感動した観客は、カールじいさんが冒険の果てに、もう一度生きる希望を取り戻す姿に強く共鳴するだろう。原題「UP」は空にある夢を感じさせるが、本物の幸せは地に足をつけた場所にある。ラスト、カールじいさんがラッセル少年の胸に付けるバッジがその証だ。亡き妻を追うかのように見えた旅の着地点に「生」の輝きを用意したこの映画、3D以上の深みがある物語をたっぷりと味わいたい。
(渡まち子)