◆光と影のコントラストの妙を得意とするストラーロの映像は、陰影の濃いカラヴァッジョの絵画そのもの(70点)
バロック絵画の先駆者である天才画家の破天荒な半生を描く伝記映画は、崇高なまでに美しく罪深い。16世紀のイタリア・ローマ。画家のカラヴァッジョは天性の絵の才能から枢機卿の援助を受け、教会の絵をまかされるようになる。素晴らしい絵画によって賞賛を浴びる一方で、放蕩、暴力沙汰など彼の私生活が問題に。ついに決闘により相手を殺害してしまったカラヴァッジョは死刑判決を受け、ローマから逃亡することになるが…。
この画家に関しては、かつて英国のデレク・ジャーマンが映画化している。同性愛という部分を大きく取り上げたジャーマン版がカルトなアート・ムービーとすると、本作は、正統派伝記映画と言っていい。大きな力を持つ教会の思惑、スペイン派とフランス派に分かれる政治権力など、複雑な背景はあるものの、映画は、この画家がどういう経緯で栄光と転落の人生をたどったかが非常に分かりやすく描かれている。なんといっても見所は、名撮影監督ヴィットリオ・ストラーロによる格調高い映像だ。光と影のコントラストの妙を得意とするストラーロの映像は、陰影の濃いカラヴァッジョの絵画そのもの。16世紀当時としては画期的だったモデルを使った制作や、桁違いの写実性、光の指す方向を演出して作る劇的な構図など、この画家の革新性が改めて確認できるだろう。多くの女性を情熱的に愛し、神秘的で素晴らしい芸術を生み出しながらも、一方では殺人事件さえ起こしてしまう暴力性も併せ持つ。この矛盾が、好き嫌いは別にして、見るものに強烈なインパクトを与える彼の芸術の原動力なのだ。ルネサンスが穏やかで調和が取れた世界であるならば、その後に誕生したバロックは、過剰なまでのドラマ性を持つけれんみたっぷりの芸術。天才画家カラヴァッジョ自身の人生には、いびつなのに美しい“バロック(歪んだ真珠)”そのものがダブって見える。
(渡まち子)