カラヴァッジョ/天才画家の光と影 - 福本次郎

◆「光の部分は美しく、影の部分は罪深い」。聖処女の絵は、大胆なリアリズムとコントラストの強い陰影で見る者を圧倒する。その作者の人生もまた、アーティストの顔と暴力的な犯罪者の一面がコインの表裏のように入れ替わる。(50点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 「光の部分は美しく、影の部分は罪深い」。娼婦をモデルに描いた聖処女の絵は、大胆なリアリズムとコントラストの強い陰影で見る者を圧倒する。その作者の人生もまた、バロックの巨匠として後世に名を残したアーティストの顔と、血気盛んで暴力の衝動を抑えきれない短慮な犯罪者の一面が、コインの表裏のように入れ替わる。評価されては悶着を起こし、逃亡中でも傑作を残す。破天荒な生涯は、芸術の神に身も心もささげ先人の偉業に追い付こうとするタイプの画家とは一線を画し、天才ゆえのひらめきと進取の気性に満ち溢れている。

 絵画を学ぶためにミラノからローマに出たミケーレはマリオという若者と知り合い、親友となる。やがてミケーレの絵は評判を呼び、デル・モンテ枢機卿がパトロンとなって生活の面倒をみるようになる。ミケーレは娼婦や庶民をモデルに次々と聖書に題材をとった作品を発表していく。

 天井の明かり取り窓からさす陽光がモデルを照らし、暗闇に後光が浮かびあがるような構図になるシーンが印象的だ。それはまさに神の祝福を受けた瞬間、彼の才能が努力より天賦であることのメタファーだ。一方でたびたび現れる黒馬にまたがった黒装束の騎士が、彼には常に死の影が付きまとっていることを示す。ただ、彼の反骨の生き方は、自由を好むむとか反権力というより創作と放蕩を繰り返しているだけに過ぎず、もう一歩彼の内面に踏み込んでほしかった。

 北ヨーロッパでは宗教改革の時代、ローマのカトリック教会も変革を迫られフランス人とスペイン人の勢力争いが背景にある。そんな中、腐乱死体や斬首刑・火刑を参考に新たな境地を開いていく過程は、写実こそ人間の真実に迫るものというルネサンスの精神に通じている。しかし、映画はイタリア人向けに作られたのか、かの地の歴史に詳しくない者にとってはもう少し説明が必要だろう。彼の絵画がいかに普遍性を持っていても、彼自身の伝記は一部の美術愛好家以外にはそれほどポピュラーではないのだから。。。

福本次郎

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