◆アンドレイがなぜフランスの売れっ子女性バイオリニストと共演したがるのか。歴史の悲劇であるその理由が、クライマックスの演奏会と共に語られる場面がすばらしく感動的だ(70点)
落ちぶれた元楽団員のリベンジの物語は、笑いと涙の感動作だ。かつて一流オーケストラ・ボリショイ交響楽団の天才指揮者だったアンドレイは、ある事件が原因でキャリアの絶頂期に職を追われ、今はやむなく清掃員として劇場で働いていた。ある日、出演できなくなったオーケストラの代わりを探しているというFAXを入手。アンドレイは、かつての仲間たちを集めてニセの楽団を結成し、生涯の夢だったパリ公演を実現するという無謀な計画を思いつく。ソリストとして指名したのは、パリ在住のヴァイオリニストのアンヌ・マリーだ。アンドレイには、再び音楽で輝きたいという望みとは別に、ある思惑があったのだが…。
元プロとはいえ、急場の寄せ集めオーケストラがここまで出来るのか? という疑問はある。だが、そんないいかげんな設定が、この物語では何やらスラブ的でステキなのだ。彼らがコンサート以外の場所で奏でる演奏が、自由で雑多なエネルギーに溢れ魅力的だからかもしれない。ブレジネフ政権下、ユダヤ人の排斥が強行され、彼らをかばったロシア人までもが弾圧・冷遇された。旧ソ連やロシアの歴史に係わらず、政治は芸術家たちをしばしばヒドい目に遭わせるのだが、そのことを映画では、時にシリアスに時にコミカルに描いていく。アンドレイがなぜフランスの売れっ子女性バイオリニストと共演したがるのか。歴史の悲劇であるその理由が、クライマックスの演奏会と共に語られる場面がすばらしく感動的だ。ラストに演奏されるチャイコフスキーの名曲ヴァイオリン協奏曲のドラマチックなメロディで興奮が沸点に達してしまう。音楽から離れざるをえなかった楽団員たちの表情は、悲運に泣いた同僚への思いと共に、再び楽器を手にする喜びに溢れて輝いていた。アンドレを演じるアレクセイ・グシュコブ、アンヌ=マリー役のメラニー・ロラン、共に好演。自らもルーマニア出身のユダヤ人であるラデュ・ミヘイレアニュ監督のバイタリティ溢れる演出が功を奏した、音楽ドラマの佳作だ。
(渡まち子)