死ぬ間際でさえ己の感情よりも迷惑をかけないように心掛けるのは周囲の人々を愛していた証拠。(点数 80点)
人物に焦点を当てたドキュメンタリーは、作り手がどれだけ対象に踏
み込めるかが命。その点、実の娘が父の最期を看取るこの作品は圧倒
的なアドバンテージを持っている。ところがディレクターはそこに胡
坐をかかず父親の人生に深く切り込み、巧みな編集で涙と笑いを兼ね
備えた見事なエンタテインメントに昇華させている。撮られる側の父
も、娘に対する小恥ずかしさと、レンズを介するからこそさらす顔の
両面を見せ、少し意識した表情の中、自分がどう映るかを気にする様
子が微笑ましい。
【ネタバレ注意】
“会社命”のサラリーマンだった砂田知昭は退職後ほどなくして進行
性のガンに侵される。何事にも気を配る彼は、命尽きるまでにすべき
事柄と死後の段取りをリストにする。
余命わずかなのに、自身の闘病生活と葬儀がいかにスムースに運ぶか
ばかりに腐心する砂田。彼のto doリストのうちワガママといえるのは
母・妻との伊勢志摩旅行と孫と会うことのみ。しかし、それらも肉親
に悔いを残させないための彼なりの配慮だったに違いない。
死ぬ間際でさえ己の感情よりも迷惑をかけないように心掛けるのは周
囲の人々を愛していた証拠。「上手に死ねるでしょうか」と自問する
砂田の心の中にあったのは、それまで彼が見てきた他人の死に際して
のゴタゴタが家族になるべく起きないようにし、妻子や孫に見守られ
つつもカッコよく逝きたいという彼一流のダンディズムなのだ。
(福本次郎)