ウディ・アレンの夢と犯罪 - 渡まち子

◆兄弟が乗る船の下には罪悪感という海が広がっていた(65点)

 ロンドン三部作の最終章は、ささやかな野心と皮肉な運命を描く人間ドラマ。ビジネス界での成功を夢見る兄イアンと、ギャンブル好きの弟テリーは、小型クルーザーを購入し、カサンドラズ・ドリーム号と名付ける。イアンは恋人相手に分不相応な見栄をはりながらも、新生活を夢見ていた。だがギャンブルで大負けしたテリーが巨額の借金を背負ってしまう。兄弟は大金持ちの伯父ハワードに助けを求めるが、彼からとんでもない“頼みごと”を持ちかけられ……。

 カサンドラズ・ドリームは、テリーがドッグレースで大勝した時のゲンのいい犬の名前。だがカサンドラとは実は、ギリシャ神話に登場する王女で、神から未来を予言する力を授かるが彼女の予言は誰からも信じてもらえないという悲劇の預言者の名前なのだ。このことから兄弟の運命は見えてくる。彼らはどこにでもいる労働者階級の人間で、決して不幸なわけではないのに現在の生活レベルに漠然とした不満がある。さしたる努力もせず、才能もなく、なんとなく“金持ちになりたい、華やかな暮らしがしたい”と望む小心者だ。伯父からの頼みとはなんと殺人。悩み抜いた二人の行動とその顛末は、人生に楽な一発逆転の機などなく、悪事には高い代償が伴うことを教えるものだ。アレンは、ロンドンを舞台にした作品群では、上流階級に食い込もうとする人間の野心をテーマにしているが、本作は「タロットカード殺人事件」の明るさはなく「マッチポイント」の男女の危うさとも無縁のシリアスな悲劇。だからこそ、ラストがもっと効果的であるために、小市民の出来心や悪事など珍しくもないとばかりの会話で潔く終わった方が鮮やかだったと思う。ともあれ兄弟が乗る船の下には、罪悪感という海が広がっていたというわけだ。北欧の巨匠ベルイマンに心酔しているだけあって「人生において確実なのは死ぬことだけ」と言い切るアレンは、コメディであれシリアスであれ、いつも悲観的である。

渡まち子

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