ウォッチメン - 前田有一

やや難解だが、おそるべき大傑作(98点)

ウォッチメン

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 『ウォッチメン』と『ダークナイト』は、まるでライバルのような関係だ。原作のグラフィックノベルは同時代に発行され、実写映画もまたしかり。そしてその出来栄えも両者まったく譲らず、である。

 いわゆるアメコミ(アメリカンコミックス)の中には、上記二つのように完全に大人向けの、ほとんど文学と呼ぶべきものがある。よく、単純明快な勧善懲悪アクションもの、ノーテンキなエンタテイメントをアメコミ映画に求める人が(とくにアメコミに詳しくない日本人には)いるが、これは完全に誤りである。

 それでも『ダークナイト』ならば、優れたアクションシークエンスが多々あるため、それなりに満足できるだろう。だが、より難解で地味な『ウォッチメン』では厳しいはずだ。

 だから最初にはっきり書いておくが、ある程度の政治・歴史的教養のない人や子供たちに、これらの「グラフィックノベル映画」、とくに『ウォッチメン』はまったく向かない。163分間の長い上映時間内は、脳みそをフル回転させ、これが比ゆする現実世界に思いをはせていただきたい。

 1985年、ニューヨークで一人の男が死んだ。その正体を知る元仲間のロールシャッハ(ジャッキー・アール・ヘイリー)は、単独で調査を開始する。男の正体は長くヒーローとして活躍してきたコメディアンことエドワード・ブレイク(ジェフリー・ディーン・モーガン)。ロールシャッハは、ヒーローチームのメンバーが、次々と変死をとげている事実を重大な脅威と感じていたのだ。

 あらすじを紹介したものの、それよりも世界観の解説を行ったほうがいいだろう。

 結論からいうと、『ウォッチメン』とは「現実世界にヒーローをぶちこんだらどうなるか」を描いた物語である。

 だからこの世界には、ニクソンやキッシンジャー、ベトナム戦争や米ソ冷戦といった私たちの世界と同じ政治用語、人物名が登場する。

 前述のロールシャッハやコメディアンは、ヒーローと自称しているがその実態はただのコスプレ自警団。素顔を覆面で隠し、法律では裁けぬ悪党どもを、暴力で制圧しているに過ぎない。もちろん、中身は普通の人間である。

 そんな酔狂なことをするのは、猛烈な愛国右翼か、ちょっと頭のおかしい奴、あるいは暴力大好きな危険人物とか、自己顕示欲の強いナルシストしかいない。だから『ウォッチメン』に出てくるヒーローチームの面々は、子供アニメの世界の健全な正義の味方のイメージとはまるで正反対だ。

 市民たちも、彼らの行き過ぎた暴力や監視社会にやがて反発する。その結果、ヒーローという名の自警活動は違法行為となる。この規制法により自称ヒーローたちは、あわれ引退を余儀なくされる。それでも、(違法と知りながら)活動を続けているのが、最初に登場するロールシャッハという男だ。不気味に白黒模様がうごめく覆面姿は、到底ヒーロー(正義の味方)とは思えない。

 さて、これで大体『ウォッチメン』の世界観「現実世界にヒーローがいたらどうなるか」をつかんでいただけただろう。なるほど、実際にこんなアブナイ奴らがいたら、大衆は不気味で仕方があるまい。「誰が監視者を監視するんだ?」という、本作の象徴的なキャッチフレーズは、まさに彼らの本音である。

 ただ、そんな連中が何人か現れたところで、歴史を動かすほどの力はない。私たちの歴史と『ウォッチメン』の世界、両者が決定的に分かれ始めた原因は、1959年の科学事故でDR.マンハッタンという本物の超人が誕生したことだ。

 その事故で、原子を操る能力を身に着けたこの男は、テレポートも飛行も自由自在、核ミサイルすら無効にする力を持つ。外見は青い肌にフルチンのマッチョマンだが、その存在は米ソ冷戦のバランスを崩すことになる。つまり、彼はアメリカ人だったのだ。

 MAD(相互確証破壊)の有効性をすでに知っている我々21世紀の人間にとっては何てことないが、冷戦の真っ只中にいた86年(原作発売)当時の人々にとって、この設定はきわめて魅力的で、かつ不安をもたらすものだったろう。あのころ人々は、本気で人類の滅亡が近いと信じていたのだ。DR.マンハッタンのような男がいたら、人類は滅亡を避けられるのか、それとも……?

 この世に、永続的な平和はどうすれば実現するのか。スーパーヒーローがそれを解決してくれるのか。『ウォッチメン』が提示する回答は、大きな衝撃を観客にもたらすことだろう。

 この映画版は、原作に驚くほど忠実に作られているが、ここであえて私は断言する。この映画の完成度は、原作を超えている、と。

 ザック・スナイダー監督は、前作『300 <スリーハンドレッド>』で、グラフィック・ノベルの真髄をよく理解した映画化の手腕を見せ付けたが、今回も絶好調。原作を改変したのは、ほんのわずか。まさにちょっぴりだけなのだが、たったそれだけのアレンジでこの映画に、2009年にぴったりな、現代的なテーマを内包させてしまった。

 むろん、そんな事ができたのは原作が普遍的な哲学を描いているからこそだが、それにしても目の付け所が凄い。

 一例を挙げると、原作のラストシーンに登場する何気ない新聞販売機、そのほんの小さなひとコマ。しかも、気をつけないと見落としてしまいそうな新聞の見出しの内容を、彼は変えた。だが、それによって本作は、古びた冷戦期のフィクションから、現実世界をどう見るのか、観客に強く訴える内容となった。

 とすると、ロールシャッハという男の存在はきわめて重要だ。彼の行動を是とするか非とするか。彼を好きか、嫌いか。そこに最も重要な、監督からの問いかけが隠されている。この映画は彼の名前、そしてマスクにある模様、見るものによって意味を変える、ロールシャッハテストそのもの、というわけだ。

 いったい何の事を言っているのか、作品を見ていないほとんどの方にはさっぱり理解不能に違いない。

 だが、もし見終わったら、ロールシャッハ、そしてあの青いフルチン男がいったい何の象徴だったのか考えてみてほしい。「現実世界にヒーローがいたらどうなるか」。それが果たしてフィクションだったのかどうか、を。

前田有一

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