ミシェル・ウィリアムズ扮する若い女性が車でアラスカを目指す。(65点)
昨年のNY映画祭でも上映され話題を読んだミシェル・ウィリアムズ主演の『ウェンディ&ルーシー(原題:WENDY AND LUCY)』は飾り気のない素朴な作品だ。ウィリアムズの耳に残る鼻歌以外特に音楽もなく、シンプルさを追求した作りには味気なさを感じるというよりはむしろ驚かされてしまう。
主人公ウェンディがインディアナ州から車でアラスカを目指している途中、オレゴン州のとある町で移動手段兼寝床である車が故障してしまう。所持金もそう多くはなく、親友であり愛犬ルーシーのドッグフードも底を付く。ウェンディはルーシーを外に置いたまま、スーパーマーケットに行き、食料を服のポケットに忍ばせるが、従業員に見つかり警察へ連行される。置き去りにされているルーシーを気にかけるウェンディだが、彼女が警察署から出た時には既にルーシーの姿はなかった…。
本作の監督を務めるのは『OLD JOY』で注目を集めたケリー・ライハルトで、『OLD JOY』同様、『ウェンディ&ルーシー』もまたジョナサン・レイモンドの短編小説を基に彼女自身が脚本を書き上げた。彼女はシンプルにアメリカ社会を描くが、そこにリアルなアメリカの姿を見る事が出来るのがライハルト監督作品の魅力だ。
ウェンディはとにかく運が悪い。車の故障、窃盗で逮捕、愛犬の失踪以外にも、多額な車の修理代の支払い、夜間に浮浪者との遭遇等があり、彼女はとことん惨めな経験をしてしまう。孤独の中で苦境に立たされ、家に帰りたいという気持ちも芽生えるが、今までの自分と別れを告げるため、そして自由を手にするため彼女はアラスカを目指し続ける。
若者がアラスカを目指すという点では否応無しにショーン・ペンが監督した『イントゥ・ザ・ワイルド』を思い出される。しかしながら、物語は随分違うもので、金を捨てて旅に出たクリストファー・マッカンドレスとは違い、ウェンディは金に頼っており、それがなくなっていく度に不安と恐怖が大きくなっていく。
ウェンディはオレゴンの町で何人かの人に出会う。ウォルター・ダルトン扮する駐車場の警備員は困っているウェンディに優しく接し、彼女を気に掛け少しの金まで手渡す。旅の途中で出会う人のやさしさは普段の何倍も心に染みるものだ。ジョン・ロビンソン扮するスーパーの従業員はウェンディを店の方針通りに厳しく対応し、彼女から反感を買う。ウィル・パットン扮する車の整備士はウェンディの車の問題を次から次へと指摘し、金のないウェンディは失意に落とさせる。この整備しのキャラクターはあっけらかんとしており、引きつった顔のウェンディとは実に対称的に見えおかしい。
この物語は約80分で、その中で特に大きな事件は起こらない。ただわたしたちが経験し得る出来事にウェンディは向き合う事になるだけだ。それが物語を極端化させておらず、ごく普通のアメリカの姿を映し出している。また、ウェンディがアラスカへ本当に行く事が出来るのか気になる所だが、エンディングはこれからという時に迎えてしまう。一体この金もなく若い車を失った女性はどうやってアラスカまで辿り着くのだろうか、わたしたちはその疑問を考え続けなければならない。『ウェンディ&ルーシー』は作品のインパクトこそ大きくないが、その簡素さが逆に作品の存在感を引き立たせていると言えよう。
(岡本太陽)