望まない妊娠、彼女の選択は……?(70点)
本作品はエイドリアン・シェリーが監督した、はじめての日本公開作品であると同時に、悲劇的な理由により最後のそれとなってしまった(後述)。
アメリカ南部の田舎町。小さなダイナーのウェイトレス、ジェンナ(ケリー・ラッセル)はパイ作りの名人。隣町のパイコンテストで優勝して、その賞金で人生を変えるのが夢だが、嫉妬深く乱暴なダメ亭主に自由を奪われていた。それでも長年少しずつ貯金をし、いよいよ町から逃げ出そうというとき、望まない妊娠が明らかになる。
ユーモアと女性の本音に満ちた、幸福感溢れるドラマだ。ヒロインのジェンナはしょぼくれた田舎町で、お互い何の精彩もない人生を歩んでいる同僚のウェイトレス二人と愚痴をこぼしあう日々。よくみれば美人だし、パイ作りの腕も相当なものだがそれらは彼女の人生に何のプラスももたらさず、徐々に中年に近づいている。おそらく多くの若い女性たちが恐れる「灰色の人生コース」を、ジェンナはまっしぐらに進んでいる。
低予算作品ならではの臨場感ある画面作りもあって、これがじつに生々しい。ウェイトレスの制服ひとつとっても、色はくすみ、生地はよれよれ。しかも免許証を持っていないジェンナにとって、交通の足はたまにしか通らないバスだけ。それが映画的には、彼女の人生の不自由感を増幅させる効果をもたらしている。
そんな閉塞感のおかげか、彼女が担当の産科医と衝動的に不倫する展開にも大いに納得。きっとロマコメなら、この医者が救いの王子様になるところだろう。しかし現実はそう簡単にコトは運ばない。監督はそう言いたげに、ところどころでチクリと刺してくる。
ダメ旦那にしろこの不倫相手にしろ、相手の男性の内面については描かず、正直何を考えているのかよくわからないあたりもいい。女性監督らしいやり方で、あくまで一人の女性の心の揺れと成長に焦点を当てている。
女性にとって妊娠?出産は、それまでの甘えた考えを捨て真の意味で大人になる、大きな価値観の変化をもたらしかねない出来事だ。つまり、男と違って女は一瞬で変われるのである。この物語は望まない時期の妊娠という特殊な設定によって、その変化がより劇的に演出されている。その分感動も大きなものになるというわけだ。
ただせっかくそこまでやったのだから、お話的にはその幸福感だけで十分というのが私の考えだ。たしかにヒロインには出産以外にも夢があり、しかもお金はない。だが、そこまで映画監督が筋書きの中で面倒を見てやる必要はない。そんなものはどうにかなるよと匂わす程度でよかった。
エイドリアン・シェリー監督は妊娠8ヶ月でこの脚本を書いたというが、そのせいかまだこうした俗っぽさが残っている。もし産んだ後に書き始めていたなら、もっと良くなったのではないか。
さてそのエイドリアン・シェリーだが、もともと女優とあってモテない同僚役で出演、愛嬌のあるキャラクターを好演している。しかし、本作完成後の2006年11月、騒音トラブルで近所に苦情を言いに行ったところ相手の男に殺害され、わずか40年の生涯を閉じた。本作は彼女の遺作である。
最後の一本がこんなにも幸せな映画だったこと、そしてラストシーンに登場する彼女の実娘の鮮やかな笑顔、それがせめてもの救いという気がする。
(前田有一)