ケリ・ラッセル主演、サンダンス映画祭上映作品(70点)
2006年11月にエイドリアン・シェリーという映画女優兼監督が事務所として使用していた彼女のマンハッタンのアパートで殺害されているのが見つかった。彼女が監督し遺作となった作品が2007年のサンダンス映画祭で上映された『ウェイトレス?おいしい人生のつくりかた?』という映画。夫と3歳の子供を残して40歳という若さで亡くなったという出来事はとても残念だが、作品は多くの人が楽しめる、笑いあり涙ありのちょっと苦めのコメディ映画になっている。
アメリカ南部にあるとあるダイナーで主人公ジェンナはウェイトレスとして働いている。パイ作りの名人でもある彼女のダイナーでの仕事は接客とパイ作り。意地悪で子供っぽく嫉妬深い夫アールに悩まされるジェンナはどこか不幸せで、その彼女のストレス発散がこのパイ作り。ジェンナの生み出すパイは自身の経験に基づくどこにもないユニークなレシピだ。ほろ苦い彼女の経験がパイ作りのエッセンスとなって絶品を作り出す。そんなジェンナはある日アールの子供を妊娠してしまう。アールの子供を妊娠するなんてとんでもない!!!!そんな彼女が作ったパイの名前は『I Don’t Want Earl’s Baby Pie(アールの赤ちゃんは欲しくない!パイ)』。
ジェンナは町にあるかかりつけの病院へ診察に行くのだが、いつも診てもらっている女性の医師がいない。代わりに彼女の担当になったのは町に赴任して来たばかりの男性の産婦人科医。そしてこの二人は急接近。彼らの恋はどうなるのか?嫉妬深い夫にバレてしまうのか?そして赤ん坊はどうなるのか?
作品の全体の流れとしては特に際立って新しいところはない。だが多くの女性監督がそうであるように、先ほど紹介したエイドリアン・シェリーも映画の中で細かな所に気を遣っている。例えば、ダイナーの制服。首にスカーフを巻いていたりしてかわいく仕立てている。またパイを映像としてどう撮るかも気を遣った点だろう。パイはもちろんおいしく見せなくてはいけないし、アメリカ南部のダイナーのパイであるという点や、ジェンナの作るパイはユニークであるということから多くの工夫が必要だったことだろう。そして編集は不幸せなジェンナとは対照的に、結構元気のいいカットが多かったように感じた。そこも面白味の一つである。
この映画『ウェイトレス?おいしい人生のつくりかた?』の主役ジェンナを演じたのはアメリカのテレビドラマ『フェリシティーの青春』で有名なケリ・ラッセル。最近では『ミッション・インポッシブル3』に出演した実力派女優だ。彼女はジェンナをかわいらしく不幸せに演じ、観客を魅了する。この女優は外見の美しさだけでなく演技も素晴らしく、スクリーンに映ると圧倒的な存在感を残す。そして脇をジェレミー・シスト、シェリル・ハインズ他が支える。また先ほども紹介した監督のエイドリアン・シェリーもジェンナのダイナーで共に働く同僚として出演し、印象深い役を演じている。いつかどこかで、撮影現場の雰囲気が良ければ、それは観るものに伝わるということを聞いたことがある。そのことが非常に良く分かる映画だ。
映画の中でジェンナは新しい命を授かり、エイドリアン・シェリーはこの世を去った。そう考えると非常に運命的な作品だと感じる。また監督の死はこの映画を痛々しく感じさせてしまうかもしれない。しかし最後には映画の内容、監督の死、いろんなこと全部が、単純にこの映画は美しいと思わせる。
わたしたちは生きていく中で人生に迷って落ち込んだりする事がある。例えば、こんなはずじゃないとか、自分を否定的に捉えたりする事だ。だがこの映画は自分自身をちょっと肯定的に見てもいいかなと思わせる。流れに逆らうのはいつだって格好良く映る。でも流れに任せることは?流れにさからっていると自分本位になって気付かないけれど、流れに任せているうちに何が大事か自然と分かってくる。落ち込んだときにちょっとした心のよりどころがあってストレス解消しているどこにでもいるような普通な自分を肯定的に見ることができる作品かもしれない。
(岡本太陽)