インビクタス/負けざる者たち - 岡本太陽

◆イーストウッド監督30作目はネルソン・マンデラ!(75点)

 知られざる物語。例えば、映画『ホテル・ルワンダ』の様に大きな出来事の裏にはわたしたちの知らない感動の逸話が隠されている事がある。そういった逸話を知る事によって、その出来事を以前とは違った視点で見る事が出来る様になる事も少なくない。昨年は『チェンジリング』と『グラン・トリノ』で大成功を収めたクリント・イーストウッド監督最新作『インビクタス 負けざる者たち(原題:INVICTUS)』はネルソン・マンデラが主人公のアパルトヘイト撤廃直後の激動の南アフリカが舞台。まるでフィクションであるかの様なドラマチックな展開の作品だが、これが真実だから一驚を喫してしまう。

 ジョン・カーリン著の「Playing the Enemy」を基にアンソニー・ペッカム(『シャーロック・ホームズ』)が脚本を手掛けた本作は、1990年にネルソン・マンデラ(モーガン・フリーマン)が刑務所から出所するところから幕を開ける。そしてアパルトヘイトが事実上廃止され、1994年にはマンデラが南アフリカ共和国初の大統領に就任する。それと同時にユニオンビル(大統領官邸)内で、やっと人間としての尊厳が保たれる立場を手に入れた黒人たちと、それによって動揺する白人たちの姿も映してゆく。そんな官邸職員たちに自分の想いを伝えるマンデラ。

 官邸にて、マンデラの決定に、特に納得がいかない者たちがいる、それはマンデラの護衛の黒人たち。マンデラは彼の近くにいつもいる者たちから改革を進めていくために、白人の護衛を雇ったのだ。大統領に危険が及ぶのでは、と怪訝な表情を浮かべる黒人の護衛たちにマンデラはこう言う、「彼ら(雇った白人の護衛たち)は軍隊で経験豊かで有能だ」。以前からいる護衛たちは渋々自体を受け止めるが、彼らは「白人たちにマンデラを守れるはずがない」という思いを、白人たちも「黒人たちと一緒に働くのか、まいったなぁ」という思いを抱き、彼らの間に緊張感が漂う。

 黒人白人関係なく、当時人々が抱いていたのは「恐怖」。突然の変化に人々は不安でいっぱいだったのだ。そんな不安定な人々の心を1つにするためにマンデラが目をつけたもの、それはラグビー。南アフリカはアパルトヘイト問題を抱えていた事実から国際試合には参加出来なかった経緯を持つため、ラグビーチーム・スプリングボックはいわば、アパルトヘイトの象徴。しかし、マンデラはラグビーが人々を繋ぐ事を信じチームの 1995年第3回ワールドカップ優勝に力を注ぎ始める。

 そこで、まずマンデラはマット・デイモン扮するスプリングボックの主将フランソワ・ピナールと会談する。はじめは何故大統領に呼ばれたのか、理由が分からないピナール。しかし、本作のタイトルでもある、マンデラの27年間の長い投獄生活の中で支えになった、英国詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの"征服されない"という意味を持つ詩「インビクタス」を共有したとき、マンデラの想いが、静かにピナールの中で共鳴し、ピナールは不信感を抱くチームメイトに「我々も変わるべきだ」と説く。

 マンデラに強い信頼を託され、ゆっくりと胸の中で新しい何かが動き出したピナール。そんな彼にまるで啓示でも受けるかの様な瞬間が訪れるのは、チームがマンデラが27年間孤独に過ごしたいたロベン島収容所に足を運んだ時。ピナールはマンデラが過ごした房の中に足を踏み入れる。その部屋には何もなく、寝る事すら容易ではない狭さ。こんなところに27年間もいたなんて、と彼は想像以上の事実にただただ言葉を失う。それと同時になぜマンデラが国を変えたいのか理解するピナール。そして「マンデラの夢を一緒に叶えたい!」という確固とした気持ちが彼を支配する。

 ピナールの悟りを機に映画は前とは違う様相を呈してゆく。それ以降は南アフリカで開催されたワールドカップでのチームの戦いがメインとなっていくため、男たちの肉と肉がぶつかり合う激しいスポーツ映画に変化し、手に汗握る展開となってゆく。とは言うものの、本作は政治映画の要素ももちろんあり、ヒューマンドラマとしても捉える事が出来、良い意味でノージャンルの映画となっている。

 大統領に就任し、アパルトヘイトは事実上無くなったものの、消えない人種差別と経済格差に胸を痛めていたマンデラ。理想を追い求めるあまりに無理をし、過労に倒れる場面も。バラバラになった国家を「1つのチーム、1つの祖国」のスローガンを胸に決して屈しなかったマンデラに胸を打たれる。本作は寛容で頼もしい人物像を映すと共に、現在の政治リーダーがどうあるべきかを問う。

 マンデラが起こそうとした現象に、ピナールが共感し、彼らが諦めなかった事で歴史的事件は生まれた。ただ人種が違うと言うだけで、互いに意識し合ってた者同士の間にあった、長年溜った凝りが、スポーツを通して解消される瞬間には、南アフリカがアパルトヘイトをようやく克服した姿を垣間みる事が出来る。常に気まずい雰囲気を持っていた黒人と白人の護衛も互いに喜びの笑顔を見せ、それが国中にリープしていくのが想像出来るエンディングであった。そしてわたしたちが生きる時代に、世界的に最も重要な人物の1人ネルソン・マンデラを、心に触れるキャラクターとして丁寧に描いたイーストウッドはやはり見事と言えるだろう。

岡本太陽

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