インビクタス/負けざる者たち - 町田敦夫

◆イーストウッドが79歳にして新たな引き出しを披露(70点)

 私は元来「サッカー村」の住人で、ラグビーにそれほど詳しいわけではないのだが、それでも1995年のラグビーW杯で、開催国の南アフリカが優勝を果たしたのは衝撃だった。アパルトヘイトのために長らく国際社会からつまはじきにされていた南アは、その数年前の政策転換で、ようやく国際試合ができるようになったばかりだったからだ。切磋琢磨のないところに強化はないというのがスポーツ界の常識。それを覆してあっさり優勝してしまう南ア代表は、何という怪物的なチームなのかと思った。国内の試合だけで、いったいどうやって代表の強さを維持してきたのか、と。だが15年後の今年、『インビクタス 負けざる者たち』を観て、事実は少し違っていたらしいと知った。

 1994年、W杯の地元開催を控えた南ア代表(愛称スプリングボックス)は、どん底の状態にあった。対外試合を禁止されていたことで、やはりチーム力は弱体化していたのだ。このままではW杯ホスト国としての面目を失うのは必至だった。そして国民の大多数を占める黒人層も、秘かにそれを望んでいた。スプリングボックスは白人支配層の象徴だったからだ。黒人が主導権を握った国家スポーツ評議会は、アパルトヘイトの腹いせにスプリングボックスのユニフォームや愛称をも変えようと目論む。それに敢然と異を唱えたのが、誰あろう、反アパルトヘイトの闘士であり、初の黒人大統領に就任したばかりのネルソン・マンデラだった。

 白人政権に27年間も投獄されながら、大統領となったマンデラは、復讐ではなく国家の再建を最優先にした。それには黒人と白人の融和が不可欠。そこでマンデラは、白人層を離反させるスプリングボックスの解体を、何としても(一部の黒人を敵に回そうとも)避けたかったのだ。白人への赦しを唱え、逃げるように官邸を去ろうとする白人スタッフを引き止めたり、それまで自分をテロリスト視してきた白人警察官をシークレット・サービスに加えたりするマンデラの有言実行ぶりには頭が下がる。演じるは、もはやクリント・イーストウッド監督の盟友とも言えるモーガン・フリーマンだ。『マンデラの名もなき看守』(07)で同じ役を演じたデニス・ヘイスバートより、ずっと本人に似ていますよね。あまりハンサムではないところも含めて。

 そんなマンデラの評伝映画として始まりながら、本作は後半、本格的なスポーツ映画へと変わる。昔のCMコピー風に言えば「一粒で2度おいしい」映画なのだ。国家をまとめる核になってほしいとの期待をマンデラから受けたスプリングボックスは、主将のフランソワ・ピナール(マット・デイモン)を中心に、めきめきとチーム力を上げていく。名門競技場のエリスパークをロケに使ったゲームシーンは臨場感たっぷり。肉体がぶつかり合う音、選手がピッチに倒れる音、うなり、いきみといった音声の処理が素晴らしく、スローモーションを交えた映像も興奮を誘う。イーストウッドにこんな引き出しがあったとは、寡聞にして知らなかった。

 予想に反して勝ち進んだ南アは、決勝戦で優勝候補のニュージーランドと対戦する。フリーマン扮するマンデラが、スプリングボックスの緑色のユニフォームを着て観戦にやって来る姿は、当時のテレビ映像で見たとおりだ。15分に及ぶゲームシーンはまさに圧巻。運命のドロップゴールが決まるシーンでは、南アの黒人と白人が心を1つにした様子が感動的に描かれる……。

 実を言うと、南ア優勝のニュースを聞いた1995年当時は、「人種差別主義者どもが優勝しやがって」と幾分不快に思ったものだ。だが本作を観て、その印象がずいぶんと変わった。その一方、本当に印象を変えていいのかなと、一抹のためらいを覚えなくもない。だって本作には人種差別主義の白人がほとんど登場しないのだ。これではあまりに嘘くさい。しかしまあ、マンデラの赦しの精神を讃える映画で、当時の白人を糾弾するわけにはいかないのかな。脚本を書いたアンソニー・ペッカム自身が南ア出身の白人だし。

 あれから15年、南アはマンデラの願いも虚しく、いまだ問題山積だ。しかし今年の夏、南アはサッカーのW杯を開催する。果たしてこちらの代表チームは、15年前のスプリングボックスと同じように、国家を1つにまとめられるだろうか。そう願いたい。スポーツにはイデオロギーや利害を超越した、特別な力があるはずだから。

町田敦夫

【おすすめサイト】