インセプション - 町田敦夫

インセプション

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◆クリストファー・ノーランが夢を料理(70点)

 『メメント』では記憶を、『プレステージ』では魔術をテーマに特異な世界を構築してきたクリストファー・ノーラン監督が、次なる題材に選んだのは夢。レオナルド・ディカプリオを主演に迎え、観る者を潜在意識の迷宮へと誘いこむ。

 他人の夢の中から貴重な情報を盗み取るのが仕事のコブ(ディカプリオ)は、サイトー(渡辺謙)という男から、普段とは逆のインセプション(他人の頭に特定の考えを植えつけること)を依頼される。夢の世界の設計士アリアドネ(エレン・ペイジ)、変装が得意なイームス(トム・ハーディ)らの仲間を集め、首尾よくターゲットのロバート(キリアン・マーフィー)を夢の世界に誘いこんだコブたちだったが、ロバートが潜在意識の防護訓練を受けていたために、予期せざる逆襲にさらされて……。

 手首にケーブルをつないでターゲットと一緒に眠り、夢を「共有」するという発想が、まず面白い。初めはターゲットが見る夢に「潜入」するものと思っていたが、コブたちは自ら「設計」した夢にターゲットを招き入れている様子。その分、夢特有の荒唐無稽さには欠けるが、それでもパリの繁華街を折り返したり(?)、無重力状態を現出させたりと、ノーラン監督、なかなかのスペクタクルを見せてくれる。

 コブたちが三重に設計した夢にターゲットを誘いこむという設定(夢の中でまた夢を見るという具合)は相当に複雑。コブがターゲットに何をさせたいのかや、ノーランがコブに何をさせたいのかが、なかなか見えてこないのが難点だ。とはいえ、必ずしも細かい筋を追う必要はない。夢の各階層で展開される激しいアクションとドラマの同時進行は、それ自体に十分な見応えがある。

 ノーランは夢にまつわる一般的な皮膚感覚を、巧みに脚本に織りこんだ。眠っているコブが水に濡れれば夢の中で雨が降り、眠っているコブの乗った車が橋から落ちれば夢の中が無重力になるという具合。さてはノーラン、「海で泳いだ夢を見たらオネショをしていた」とか「飛ぶ夢を見たらベッドから落ちていた」なんて経験があるんじゃないかしら? 現実世界で数分眠れば、その数倍の時間を夢の世界で過ごせるという設定も、日頃の実感をよく表しているように思う。

 いろいろ書いたが、この映画の事前情報として必要なのは、実は批評ではなく、ルールブックかもしれない。

 1)夢の中で死ねば、目が覚める。

 2)ただし強い睡眠薬を使用するミッションでは、夢の中で死ぬと「潜在意識の虚無」に落ちこみ、廃人になる。

 3)それを防ぐには、仲間が水をぶっかけるなどして強制的に目を覚まさせればいい。

 4)現実世界での感触を知る独楽やサイコロを常に持ち歩き、今いる場所が夢か現実かわからなくなったら、それを使って確かめる。

 ……とまあ、このあたりのルールを押さえておけば、客席で「潜在意識の虚無」に落ちこまずにすむだろう。さらにはコブと妻(マリオン・コティヤールが怪演)の過去にまつわるサブストーリーや、ラストシーンの恐ろしい含みも、すんなり理解できるはずだ。

 劇中のセリフは、夢にまつわる刺激的な指摘に満ちている。たとえばコブがアリアドネに語る「人は知らぬ間に夢に入りこんでいる。ここからが夢だとわかる夢はない」は、まさに至言。あなたも今、本当は夢に入りこんでいるのかもしれませんよ。退屈な映画批評に眠気を誘われて……。

町田敦夫

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