イングロリアス・バスターズ - 岡本太陽

◆クエンティン・タランティーノ監督最高傑作誕生!(95点)

 歴史に残る名作の誕生だ。第62回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されたクエンティン・タランティーノ監督最新作『イングロリアス・バスターズ(原題:INGLOURIOUS BASTERDS)』は彼が長年温め続けてきた、戦争をモチーフにしたマカロニ・ウェスタン色満載の映画。これがもうタランティーノ氏の映画に対する溢れんばかりの「愛」が滲み出ている様な作品なのだ。

 1978年にエンツォ・カステラッリ監督の『地獄のバスターズ(原題:THE INGLORIOUS BASTARDS)』という映画があった。原題からも分かる通り、タランティーノ氏の新作はそのカステラッリ監督の映画にオマージュを捧げた映画だ。しかし、本作はリメイクではなく、その他『特攻大作戦』を始めとするマカロニ・コンバット作品やヌーヴェルバーグ作品等の要素を取り入れた、映画オタクのタランティーノらしさが光る作品と言えよう。

 本作は主に連合軍のノルマンディ上陸作戦後の1944年6月、1人のユダヤ人女性のナチスへの復讐を軸に物語が展開してゆく。この復讐劇は5章に分かれており、物語の中心人物となるブラッド・ピット、クリストフ・ヴァルツ、メラニー・ロランがそれぞれ扮するアメリカ人の男、ナチス将校、ユダヤ人の若い女性のキャラクター性をじっくり描きながら、歴史も常識も打ち破る「復讐」までの道程を追う。

 物語はナチス占領下の1941年フランスの長閑な牧場で幕を開ける。ハンス・ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)がそこに暮らす3人の美人娘を持つ酪農夫ペリエ・ラパディ(デニス・メノシェ)の元にやって来る。ユダヤ・ハンターの異名を持つ彼はその酪農夫がユダヤ人をかくまっていると確信している。ランダは農夫と2人きりで長い会話を交わす、巨大なパイプを吸いながら。彼の直感は当たっていた。かくまわれていたユダヤ人達のうちショーザンナ(メラニー・ロラン)は間一髪で草原を駆け森へ逃げる。静まり返った部屋での鋭い会話、そして銃乱射。この息を飲むオープニングには鳥肌が立つ。また、ここでのクリストフ・ヴァルツの冷静でスムーズで、それに加え可笑しく狂気に満ちたナチ将校の演技が型にハマらない物語を象徴している。

 『愛欲と戦場』等で知られる俳優アルド・レイに名前が由来する、アメリカ人のアルド・レイン(ブラッド・ピット)は"バスターズ"と呼ばれるユダヤ系アメリカ人の男達で結成された集団の隊長。彼はアメリカの南部訛りで隊員達に言う、「1人あたり100人のナチの頭の皮を俺に持って来い!」と。バスターズは長い間、フランスに潜伏し、ナチスの兵士を殺して来た。その事は彼らの一番の標的であるヒトラーの耳にも届く程、ナチスの間では大きな出来事をして捉えられている。そしてある晩、パリの映画館で行われる映画のプレミア上映にヒトラーが訪れる事を知り、アルドと彼の仲間は死ぬ覚悟で運命の時を迎える。

 もう1人運命の時を迎えるのが家族をハンス・ランダに虐殺されたショーザンナ。彼女は1941年から1944年までの3年間にエマニュエル・ミミュと名前を変え、パリの映画館のオーナーとなり暮らしていたが、彼女に想いを寄せるナチスの英雄であり映画俳優のフレデリック・ゾラー(ダニエル・ブリュール)の計らいで、彼の出演映画のプレミア上映を彼女の映画館で行う事となり、なんとヒトラーを始めとするナチスの重要人物達がそこに訪れるというのだ。あの日以来、失うものが無くなったショーザンナ。彼女の想いはたった1つ。ナチス皆殺し。少女の時に復讐を誓った女は、運命の時に備え、待ちきれない思いを胸に、唇をルージュを赤く染め、深紅のドレスに身を包む。

 どうしても本作にはブラッド・ピットというビッグ・ネームがいるため、彼ばかりが取沙汰されてしまうが、物語の中で最も強い印象を与えるのは実はこのショーザンナではないだろうか。家族を殺したハンス・ランダとの対面の時には、恐怖心と同時に、腸が煮えくり返っているはずだが、彼女の自分を抑えようとする姿が痛々しい。また、十代の頃から毎日ビクビクしながら生きてきた彼女の身の上を思うとセンチメンタルな気持ちにならずにはいられない。おそらくタランティーノ氏自身が最も彼女に対し思い入れが強かったからこそ、わたしたちにも彼女へのシンパシーが芽生えてしまうに違いない。

 この映画は一体何映画なのか?戦争映画でもなく、過去の物語のわりには歴史に忠実なわけでもない、かと言ってお伽話とも言いにくい。良く言えば、カテゴリーというものを一切感じさせない作品という事になるのだろうか。そう、それは純粋に「映画」と呼べる作品。また、本作はタランティーノ氏の映画に対する愛で作られた様な映画。だから、これはもう彼の「愛」そのもの、と言っても過言ではないかもしれない。

 構想10年。クエンティン・タランティーノが完成させたのは、驚くべきエンディングが待つ映画の中の映画。戦争の中で我を失ってしまった人々、世界の極悪人を血祭りに上げたい人々、復讐を誓ったものの紡ぎだすラストは暴力的でありながらも感動的だ。そして、映画をこんなに美しく作る事が出来るのか、と観る者に啓示を与える。物語の中でブラッド・ピットが言うこんな台詞がある、「これは俺の最高傑作だ」と。これはタランティーノ監督のわたしたちへの自信溢れるメッセージ。『イングロリアス・バスターズ』は94年の『パルプ・フィクション』を超えた。

岡本太陽

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