イングロリアス・バスターズ - 山口拓朗

◆全編を通じて、皮肉あり、オマージュあり、メタファーあり、ユーモアありの会話劇(85点)

 「レザボア・ドッグス」(1992年)、「パルプ・フィクション」(1994年)、「キル・ビル」(2003年)、「デス・プルーフ in グラインドハウス」(2007年)など、撮るたびに話題を巻き起こすクエンティン・タランティーノ監督の最新作。ただでさえ注目度の高い監督だが、主演にブラッド・ピットを迎えたとあれば、話題としては"鉄板"だろう。

 ナチスによる「ユダヤ狩り」を描いた序章から、とある映画のプレミアム上映会当日の模様を描いた最終章まで、全体は5つの章に分かれている。ナチス、ユダヤ人、"イングロリアス・バスターズ(名誉なき野郎ども)"と呼ばれるナチス狩り集団、ドイツ人女優になりすます英国スパイなど、一見接点のなさそうな人々の物語を描きながら、それらを最終章で収斂させる構造は、新味こそないものの、徐々に期待を高める独特な効果を生む。

 凶暴なナチスハンターのボス、アルド・レイン中尉に扮するブラット・ピッドは、常に特大ナイフを携帯。ひげ面にして下あごを突き出すような過剰演技も功を奏し、スクリーンに強烈な印象を残す。

 そんなブラピ以上の存在感を見せつけるのが、「ユダヤ・ハンター」の異名を取るランダ大佐を演じるクリストフ・ヴァルツだ。温和そうな瞳の奥に忍ばせた冷血漢ぶりに背筋が寒くなる。とりわけ「ナチス狩り」を描いた緊張感あふれる序章は、ヴァルツの奥の深い演技の賜物。このランダ大佐のキャスティングがもっとも難航したそうだが、今にして顧みれば、難航の甲斐があったというものだろう。

 そのほか、美貌の裏に煮えくり返るような復讐心を隠し持った美少女ショシャナを演じたメラニー・ロランや、裏の顔を持つ人気女優ブリジットを演じたダイアン・クルーガーら女優陣の活躍ぶりも見逃せない。もっとも、戦争映画とあって「デス・プルーフ in グラインドハウス」のように、女優をなめ回すように撮るカメラワークは見られないが。

 第二次世界大戦下という史実に軸足を置きながらも、史実を忠実に描くのではなく、そこから独創的なファンタジーを展開していくあたりに、生来の映画人タランティーノらしい采配がうかがえる。スリリングな駆け引きが見られるナチスのユダヤ狩りや、"イングロリアス・バスターズ"によるエグさ満点のナチス虐殺(バットを振り回す男は「ホステル」(2005年)の監督イーライ・ロス)、とある田舎のバーを舞台にした心理戦&銃撃戦など、見応えのあるシーンを量産する。そして、クライマックスとなる最終章では、意外性のあるドラマと映画愛に満ちたビジュアルの両面から、迫力と甘美さを備えた名場面を作り上げる。

 もちろん、タランティーノ映画らしく、各章における登場人物のセリフと会話劇も味わいたっぷり。言葉の裏表を巧妙に使い分けながら、人間ドラマを思わぬ方向へとうねらせていく。全編を通じて、皮肉あり、オマージュあり、メタファーあり、ユーモアありの会話劇は、タランティーノ映画ならではの醍醐味である。

 ブラピ扮するアルド・レイン中尉のキャラクターの立ち具合があまりにもマンガ的すぎるが、そもそもこの映画では、全世界周知の歴史を無理矢理ねじ曲げる衝撃的なシーンまであるくらいだから、ブラピのそれなどカワイイものか。むしろ、そうした「やりすぎ」でさえ、映画の魅力として見せきってしまうタランティーノの手腕はサスガの一言。映像、BGM、照明、音響、構成、ロケーション、演出など、あらゆる角度からツウ好みな作りが味わえる。本作「イングロリアス・バスターズ」に限っては、ポピュラリティを無視していないので、タランティーノ好き以外の客層でも楽しめるだろう。

山口拓朗

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