あまりに鋭すぎる人間観察眼、そして心温まる結末(75点)
タイトルから内容がまったく想像できない映画だが、アカデミー脚本賞にノミネートされるなど、その細やかな人間描写が米国で高く評価された一本。万人向けではない内容だから公開規模も小さいが、その質の高さから私も強くこの作品を買っている。
舞台は1986年のニューヨーク。主人公一家は、夫婦ともに作家。しかし、脚光を浴び始めた妻(ローラ・リニー)に対し、夫(ジェフ・ダニエルズ)は現在まったくなかず飛ばず、長いスランプに陥っていた。しかしかつての栄光のせいでプライドだけは異様に高く、彼女を認めてやることができない。やがて二人は離婚、父に心酔する息子ウォルト(ジェシー・アイゼンバーグ)と、母親っ子のフランク(オーウェン・クライン)を巻き込み、家族は真っ二つに分かれてしまう。
この4人の心理を徹底したリアリティで描く優れたドラマだ。父親は本当は小心者だから、虚勢ばかり張っていて、母親を批判することでしか自分を高く見せられない。まったくもって愚か者だが、そんな父親を信奉する長男は、彼からあまりよろしくない影響を受けまくっている。
かといって母親もそうした男のプライドをうまく扱うことができない女なので、二人の亀裂は深まるばかり。母親をかばう幼い素直な次男も、やがて離婚を契機に、学校でマスターベーションを行いはじめるなど、奇行を繰り返すようになる。
とにかく救いのない家族の姿を、前半は徹底して描く。これらのエピソードはどれも実感を伴ったもので、脚本も書いたノア・バームバック監督(『ライフ・アクアティック』(2005)の脚本家)の鋭い人間観察眼には感心させられる。
彼は、多くの人間が持つであろう、恥ずかしくてイタイ部分、せこさ、そうした部分を徹底的に見せまくる。それはギャグとして観客の笑いを誘うが、しかしそこで私たちははたと気づく。自分は他人を笑っているのか、それとも自分を笑っているのか。大いに考えさせられる構成である。
とにかく人の本音をあからさまに描く手法が秀逸で、そのあたりに注目してドラマを追うとよい。人間の内面に興味のある人ならば、退屈は決してしないだろう。
物語は、ある希望に満ちた結末を迎えるが、これまた素晴らしい。長男がここでとるある行動は、一見わかりにくいかもしれないが、彼の成長をしっかりと観客に伝えている。安直なご都合主義でないところも高く評価する。
この監督には、登場人物の内面心理に対して深く切り込む力と、同時に期待を持って彼らをみつめる優しい視点がある。こうした真に優れた人間ドラマは、娯楽映画ではなかなか味わえない、精神の充足を与えてくれる。もし近くの映画館で運良く上映していたら、迷わず観ることを私はすすめたい。
(前田有一)