アーティスト - 山口拓朗

絶妙な演技によって、言葉にならない複雑な感情を見事に表現する(点数 90点)


(C)La Petite Reine – Studio 37 – La Classe Américaine – JD Prod – France 3 Cinéma – Jouror Productions – uFilm

気軽に楽しめるエンターテインメントというのは、日本ではヒットしやすい。ご丁寧な説明、分かりやすいキャラクター、教科書通りの展開。日本人の映画館での平均映画鑑賞数が「年間=1本」という現実を考えると、「年に1度の映画鑑賞くらい頭を使わずに楽しませておくれ~」という方々の気持ちも分からなくはない。

先日、アカデミー賞作品賞、主演男優賞、監督賞など5部門に輝いた『アーティスト』はフランス発の白黒&無声映画。つまり、登場人物のセリフは劇場のスピーカーからは聞こえてこない。登場人物が何を話しているかは、彼らの表情や仕草、態度などから読み取るしかないのだ。

しかし、心配はご無用。役者陣がじつに達者なのだ。目尻の上げ下げ。まゆのしかめ具合、口のとがらせ具合、目線の動かし方。絶妙な演技によって、言葉にならない複雑な感情を見事に表現する。そして、演技以上に雄弁に感情を物語る「音楽」という存在。この音楽があるため、無声映画に不慣れな鑑賞者も迷子にならずに済む。

しかも、物語は極めてオーソドックスなラブロマンスだ。つまり、『アーティスト』はセリフは聞こえてこないものの、だれもが楽しめるように作られたエンターテインメント作品にほかならないのだ。

舞台は、1927年、無声映画全盛期のハリウッド。無声映画のスター、ジョージ・ヴァレンティンは、若い女性ファンから頬にキスされる。その瞬間を押さえた写真が、翌日の新聞の一面を飾った。その女性はスターを目指す女優の卵、ペピー・ミラー。彼女がスターへの階段をトントン拍子で上っていく一方で、トーキー映画の登場とともに、ジョージの無声映画は凋落の一途をたどる。自暴自棄になったジョージは、ついに、あるものに火を放ってしまう……。

ハンガーにかかったジョージのタキシードに、ペピーが自分の腕を忍ばせるシーンは、あまりに甘美で身体がゾクゾクっと震えてしまった。無声映画の醍醐味だろう。仮に、彼女の心情がセリフで語られていた場合、同様の感動が味わえたかどうかは分からない。無声映画の衰退を機に色濃くなるジョージの孤独も、セリフにするまでもなく、彼の表情と態度にありありと表れる。

「栄光と挫折」「喜びと哀しみ」「明と暗」「保守と革新」「理想と現実」「信用と不信」「平凡と非凡」「発声と無声」、そして「男と女」。全編を染め上げるさまざまな対比も、この作品を語るうえで見逃せない。照る日もあれば曇る日もある。スターであれ、無名の庶民であれ、それが人生というものだろう。

戦前の無声映画の技法と雰囲気を踏襲しながらも、要所要所に現代的なアプローチの演出も忍ばせるなど、本年度のアカデミー賞受賞作品は、目の肥えた映画ツウの期待にもきちんと応える1本だ。そうそう、「彼こそが助演男優賞ではないの?」と言いたくなるワンちゃんの名演にもご注目あれ。

山口拓朗

【おすすめサイト】