◆女だけの世界に育ち、心を寄せるのは神のみ。下界でのヒロインは異性に戸惑いためらいながら、自分を解放していく。それは己の頭で考え行動するという自立への道。信仰の道をしばし離れ、おおらかにさらされた裸体がまぶしい。(50点)
女だけの世界に育ち、心を寄せるのは神のみ。日々の奉仕と祈り、そしてわずかな休みにはスケッチに励む。そんな世俗から切り離された人生を送ってきたヒロインがつかの間の休暇に外の世界を知る。彼女にとっての下界とは男とのコミュニケーション。初めての異性に戸惑いためらいながら、自分を解放していく。それは己の頭で考え行動するという自立への道。信仰の道をしばし離れ、おおらかにさらされた裸体がまぶしい。
修道院で暮らすアヴリルは礼拝堂にこもる修行で修道女の資格を得ようとするが、フローラという先輩修道女の計らいで生き別れた双子の兄を探す旅に出る。途中親切な青年・ピエールに助けられバカンス中の兄・ダヴィッド、友人のジムと合流する。
ピエールの車に乗っても距離を置いていたアヴリルがダヴィッドたちと過ごすうちに大胆になる。水着に着替えたときに見せるワキ毛は古い自分の象徴、剃り落とすことで生まれ変わり、ドレスに着替えてダンスまで楽しむ。しかし、そこに至るまでに彼女の自由への渇望や修道院生活への不満が描かれていないため、劇的な効果はない。それでも男3人を連れて修道院に戻ったアヴリルは見違えるほどに綺麗になっている。このあたり、男の視線を意識すれば女は美しくなるということを再認識させられた。
アヴリルが暮らす修道院は正統から離れ、犯罪者を匿うなど、どこか訳アリ。院長も厳格な神への奉仕者という以外の顔を持っていそうな雰囲気だ。何かはっきりはしないのだが、裏の顔があるからこそフローラはアヴリルをそこを出したかったのだろう。そして明らかになるフローラとアヴリルの関係。礼拝堂の純白の壁に自らの人型をつけることで、アヴリルは自分が神の子ではなく、フローラという人間の娘であることを表現したかったのだ。神を否定するわけではないがそれ以外の価値観を知りたい、塗りつぶされた壁から再び浮かび上がる人型は彼女の強い意思を強調しているようだった。
(福本次郎)