アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち - 渡まち子

◆歌手で女優でもあるビルヒニア・ルーケの貫録の美しさにも見惚れてしまう(60点)

 タンゴを愛する人たちにとって至福の音楽ドキュメンタリーだろう。高齢だが音楽への情熱がほとばしる巨匠たちの演奏に感動必至だ。2006年、40年代から50年代にかけて活躍し、アルゼンチンタンゴの黄金期を築いた世界的音楽家たちが、ブエノスアイレスに集まる。アルバム「CAFE DE LOS MAESTROS」に収める曲を演奏するためだ。タンゴに一生を捧げた彼らは、タンゴの魅力と共に自らの激動の人生を語り始める…。

 2006年、ラテン・グラミー賞を受賞したアルバムは、出来上がった楽曲の素晴らしさと共に、軍事クーデターやゲリラ運動など、どんな苦しい時代も音楽と共に生きた誇りを感じる格調高いものだ。素晴らしい演奏と歌の合間に、父親がなけなしの金でバンドネオンを買ってくれたこと、街角のカフェでの演奏が成功のきっかけになった話など、興味深いエピソードが披露される。深いしわが刻まれた巨匠たちの演奏はどれも素晴らしいのだが、サッカーに熱狂したり、競馬に夢中になったりする素顔もまた微笑ましい。印象的だったのは、二人の女性歌手の存在だ。隣国ウルグアイ出身でアフリカ系の血を引く女性歌手ラグリマ・リオスのタンゴへの解釈は、黒人音楽“カンドンベ”とタンゴをクロスオーバーさせるもの。独自のタンゴを歌うことで、自らの出自への誇りをアピールしていた。歌手で女優でもあるビルヒニア・ルーケの貫録の美しさにも見惚れてしまう。クライマックスは、世界三大劇場に数えられるブエノスアイレスのコロン劇場での一夜限りのコンサート。もはや故人となった巨匠も揃い、二度とは実現しない貴重なコンサートという意味で、音楽の歴史資料としても大変価値がある作品になった。プロデューサーに「ブロークバック・マウンテン」でオスカーを受賞した世界的音楽家グスタボ・サンタオラージャと「モーターサイクル・ダイアリーズ」のウォルター・サレスの名前が。ラテンアメリカの才能が結集して作り上げられた作品であることにも注目したい。

渡まち子

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