アバター - 町田敦夫

◆世界観は見事だが、ストーリーは?(60点)

 本日(2010年1月26日)のNHKニュースで、『アバター』の全世界興収が18億5,500万ドルを突破し、公開39日目にして歴代1位の『タイタニック』を抜いたと報じられていた。芸能ニュースではなく一般ニュースで伝えられるのだから、この作品のヒットはもはや社会現象だ。私としては本作の批評はスルーしようと思っていたのだが、こうなっては仕方がない。遅ればせながら一筆書いておきますか。

 ジェームズ・キャメロンが創出した衛星パンドラの世界観は、文句なしに素晴らしい。その環境、その動植物、その景観、その色彩。微に入り、細をうがった設定は、凝り性キャメロンの面目躍如たるところ。新たな言語体系まで作ってしまった点などを考え合わせれば、J・R・R・トールキンの「指輪物語」にも匹敵する労作だと言っていいだろう。昨今のVFX技術の発達で、特異で美しいビジュアルの創造が可能になったのも、キャメロンにとっては幸運だった。

 反面、ストーリーの面では首をひねった方も多かったのではないか。いや、多くはなかったからこそ日本国内だけで450万人もの人が「踊る阿呆に見る阿呆」とばかりに鑑賞してしまったのか? 「地球人が異星人の世界に触れ、その思想に共鳴して傲慢な地球を敵に回す」という構図は、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(90)や『刑事ジョン・ブック/目撃者』(85)のかなり安易な焼き直しだ。終盤の戦いの帰趨は『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』(03)のデジャブ。キャメロンよ、『タイタニック』から12年もの充電期間があったのに、その間、あなたは何をしていたのだ?

 さらに不思議に思うのは、ナヴィ族の服装や髪型、武器や鬨(とき)の声までがアメリカ先住民のそれにそっくりなことだ。22世紀でしょ? 遠く離れた衛星でしょ? もっとイマジネーションを広げてくれよ。西部劇との類似は外見的なものだけにとどまらない。主人公が「異民族」の女をちゃっかりモノにしてしまう点や、「野蛮で遅れた先住民」の救世主になってしまう点は、白人の優越が何の疑問もなく受け入れられていた時代の西部劇によくあった構図。その点では『ダンス・ウィズ・ウルブズ』よりもむしろ後退していると言っていい。謙虚な発想で作られた映画なら、ヒロインは同じナヴィ族の男と契りを交わしただろう。ナヴィ族の戦いは、ナヴィ族自身が指揮しただろう。そして皮肉なことだが、観客動員はこれほど伸びなかっただろう。

 3D映像の生かし方にも、私は個人的に不満を持った。3Dなんてしょせんは外連(けれん)だろう。だとすれば、思わず身をすくめたり、手で触れたりしたくなるような「こけおどし」をふんだんに仕込んでおいてほしいところだ。ところが本作の作り手は、3Dを「こけおどし」ではなく臨場感を高めるための道具にしたかったのだそうで、使い方がかなり地味。この程度の立体効果のために鬱陶しい3D眼鏡を延々とかけさせられるのでは、ちょっと割が合わないという気がする。3D眼鏡の透明なベールによって、パンドラの蛍光色の美しさがかなり殺がれていた面も否めない。キャメロンは続編を作る気満々の様子。ぜひともこの点だけは翻意を願いたい。

町田敦夫

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