アバター - 岡本太陽

◆緻密で生命力溢れるジェームズ・キャメロンの革新的な映像の洪水(80点)

 人類が利益を優先しなくなる日は訪れないのだろうか。実に1997年の『タイタニック』以来12年振りのジェームズ・キャメロン監督最新作『アバター(原題:AVATAR)』は22世紀が舞台。しかし、この映画の世界の人間も現在と同じくやはり貪欲で残酷。また、未来ではまだ貧富の差も存在し、貧困層は金に利用される。このキャメロン氏渾身の1作では、美しい大自然に覆われた神秘の惑星“パンドラ”を舞台に、金に執着した救い様のない人間の姿を映してゆく。

 構想14年…。ジェームズ・キャメロン監督が、子供の頃に読んだSF小説を総まとめにした様な本作は、キャメロン氏自身により 1994年から脚本が書き進められ、1999年には公開すら予定されていたのだが、監督の想像力を形にするためのテクノロジーの更なる進歩が必要とされたために、制作は延期された。『アビス』『ターミネーター2』『タイタニック』と、常にわたしたちを驚異的な映像で魅了するキャメロン氏。今回、4年の歳月と制作費2億3,000万ドルをかけて作り上げられたものは想像を絶する映像の充溢。まさに空前絶後という言葉が相応しい革命だ。

 地球から4.3光年離れた宇宙に存在する巨大な青い惑星の衛星パンドラ。そこに人間は莫大な鉱石を見出し、その星を開拓していた。ところが、その星には大気はあるが、酸素がなく、生身の人間は呼吸が不可能なため、人間はその問題をまず解決しなければならなかった。そこで、人間が着手したのはグレイス博士(シガニー・ウィーバー)率いる科学者が考案した“アバター・プロジェクト”と呼ばれる、人間とパンドラの原住民ナヴィのDNAを組み合わせた肉体(アバター)を作る計画だった。

 ナヴィはネコ科の動物から進化した様な青い皮膚を持つパンドラの先住民で、身長3メートルもあり身体能力も人間より遥かに高い。そのナヴィの肉体を持つアバターに入り込むには、あるマシーンの中に横たわり、それにより自らの意識だけをアバターに移動させる。その間、人間の肉体は眠っており、逆にアバター側が眠りにつくと人間の肉体が起きるという仕組みになっている。

 時は西暦2154年、地球での戦闘で下半身不随の怪我を負った元海兵隊員であるジェイク・サリー(サム・ワーシントン)宇宙船の中で5年以上の眠りから目覚め、アバター・プロジェクトの一員としてパンドラに到着する。その理由は、科学者である双子の兄弟トニーが死亡し、トニーのアバターとジェイクは唯一適合可能で、彼がプロジェクトを引き継ぐ事が可能なためだ。

 初めてジェイクがアバターを体験する時、青くて巨大なナヴィの体に実際に自分の意識が入った驚きもあるが、一番感動を覚えるのは足の感覚がある事。久しぶりに体の自由を取り戻した彼は歓喜に震え、科学者たちの制止を振り切り走り出す。『潜水服は蝶の夢を見る』のジャン=ドミニク・ボビーの様に自分の体の中に閉じ込められた彼にとって、アバターは肉体的にも精神的にも“自由”を意味するのだ。本作の映像と同じく、ジェイク扮するサム・ワーシントンは本作における画期的な産物。彼が怖いもの知らずで、実は繊細な主人公を見事に演じている。

 その後ジェイクは、グレイス博士の護衛として生物学者のノーム(ジョエル・デヴィッド・ムーア)とパンドラのジャングルの奥に入り込む。草木が生い茂り、美しいジャングル。しかし同時にそこは動物に襲われる可能性のある危険な場所でもあった。そして案の定、黒い巨大なトラ風の動物に襲われるジェイク。彼はそのせいでグレイス博士達とははぐれてしまい、1人でジャングルの夜を越す事になるのだが、再び彼に危険が及ぶ時、ナヴィ族の女性ネイティリ(ゾーイ・サルダナ)に命を助けられる。

 それは運命の出会い。はじめ狩りの名手のネイティリは、ナヴィ族にとって脅威である人間ジェイクを殺すつもりだった。しかし、偉大なる自然からのメッセージを受ける彼女は、ジェイクに不思議な力が宿っている事を感じ取り、ナヴィ族の人々に彼を紹介する。それからナヴィ族と暮らし、彼らの一員になるため彼らの文化を学ぶジェイクだが、ナヴィから信頼を得る事こそが人間たちが狙っていた事だった。ジェイクは、いかにも悪そうな筋肉隆々の海兵隊クアリッチ大佐(スティーヴン・ラング)に、足を治す手術費を払う代わりに、パンドラの自然を葬り去る様な任務を遂行する様、言い渡されてしまう。ネイティリに好意を抱き、ナヴィとして生活する事に心地良さを覚え始めたジェイクは与えられた任務と本心の狭間で揺れる…。

 ジェイクは手術費が払えない為に下半身が麻痺したまま。パンドラにやって来た人間たちはもちろん善良な者もいるが、基本的に貪欲な生き物として描かれる。ジェイクの立場を利用しようとする海兵隊大佐の姿や、利益に執着するプロジェクトの管理者パーカー・セルフリッジ(ジョヴァンニ・リビシ)がそれを象徴している。また、彼らは最初から最後まで“嫌な奴”を貫き、自然が破壊され、ナヴィ族が死にゆく姿を目の当たりにしても、彼らの心に変化は訪れず、彼らに人間性が垣間みられる機会はない。もし白黒はっきりしない、人間のグレーゾーンが描かれていれば、そのリアリティ溢れる人間心に、人々がより感情移入出来る感動的な物語になっていたに違いない。

 パンドラを侵略している人間とは反対に自然との調和を大切にしながら生きているのがナヴィ。もし彼らが動物の命を殺める際には、その魂に感謝と慰安の言葉で語りかける。彼らはまさに木々や動物や精霊たちと共存しているのだ。ジェームズ・キャメロンはそのナヴィが大切にするパンドラの自然を、奥行きのある新しい3Dスタイルで余すとこなくわたしたちに見せる(映画は2Dバージョンもあり)。ナヴィたちが暮らす大樹、浮遊する島々、見た事のない動物や花と、全てが息を飲む美しさを放つ。また、昼と夜で全く違う表情を見せるのがパンドラのジャングルの特徴で、まるでネオンの様に色とりどりの目映いばかりの光を放つ幻想的な草木には恍惚としてしまう。

 本作の最も興味深い点、それはナヴィ族の髪。彼らは皆長い黒髪を結っているのだが、その髪の先から何か神経の様なものが出ており、同じ様な特徴を持つ動物(馬や竜型のパンドラ特有の動物)とその神経同士で結合する事が出来るのだ(植物にも神経がある)。例えばそうする事によって、ナヴィと動物が意識で繋がり、動物たちを自在に操る事が可能なのだ。ただ残念な事は、ジェイクとネイティリが神経で結ばれ、意識を介するセックスが描かれない事。愛し合う2人が、相手と結び付き、互いに理解し合うという意味では、神経を繋げてセックスする描写がないはむしろ不自然なくらいだ。動植物とだけ結合出来るというのはおかしな話である。

 また、本作は内容的にいくつかの既存の映画を連想させる。白人がスー族の中に入り、彼らの風習を学んでゆく『ダンス・ウィズ・ウルブズ』、アメリカを開拓しに来た男がポカホンタスと恋に落ちる『ニュー・ワールド』、環境問題や戦争を批判する『風の谷のナウシカ』等馴染み深い物語がどうしても脳裏を過る。それから、シガニー・ウィーバー扮するグレイス博士の元々の名前は「シプリー」だったり、本作に登場する退役した海兵隊女性パイロットのトゥルーディ(ミシェル・ロドリゲス)が『エイリアン2』の仲間思いの女戦士バスケスを思い出させる事から、惑星開拓を描いたキャメロン氏自身の過去の監督作が上手にリサイクルされている事が伺える。

 パンドラは環境破壊が繰り返されている地球にとってはまるで理想郷。時には危険も存在するが、全てが美しいそこが地球にとってのアバターと言っても過言ではないだろう。そしてそこには貧富の差も無く、利益優先と言う概念も存在しない。ただただ「贅沢」に暮らすナヴィには人間がこう生きたいという理想が投影されている。

 また、映像は詳細部まで見事に描かれているのとは逆に、物語は自然破壊や格差社会等のいくつかの問題提起はするものの、それ自体は非常にシンプル。始まりから最後まで想像通りの展開が繰り広げられてゆくのだ。本作は161分の超大作。ところが、簡潔なストーリー展開や時間の長さを全く気にせず、映画が終わっても、もっと観たい、あの世界に浸っていたい、とわたしたち観る者に感じさせるのは、やはり緻密で生命力溢れるキャメロン氏の革新的な映像によるところが大きい。確実に、『アバター』は映画館で体験しなければ損と言える作品の1つだ。

岡本太陽

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