アバター - 小梶勝男

◆ジェームズ・キャメロン監督が3Dの歴史を変えるといわれたSFアクション。「映像革命」は本当だった(93点)

 日本中のシネコンが今年、急ピッチでデジタル3D施設の整備を進めてきたのは、本作のためだと言っても大袈裟ではないだろう。ジェームズ・キャメロン監督が構想に14年、製作に4年を費やしたという「アバター」は、単なる3D映画ではなく、「映像革命」だと伝えられてきた。果たして「革命」は成功したのか? 答えはイエスだ。

 22世紀。地球から5光年離れた衛星パンドラから、莫大な価値のある鉱物アンオブタニウムを採取するため、人類は「アバター・プロジェクト」を実施する。パンドラの先住民ナヴィと人間との遺伝子を組み合わせて新たな肉体「アバター」を開発し、ナヴィに潜入させる計画だ。アンオブタニウムはナヴィの住む集落の下にあり、採取のため立ち退かせる必要があった。元海兵隊員のジェイク・サリー(サム・ワーシントン)は車椅子の生活を送っていたが、アバターに意識を送り込むことで新たな肉体を獲得し、ナヴィたちの共同体に入り込み、様々な情報を収集する。だが、ナヴィの族長の娘ネイティリ(ゾーイ・サルダナ)と知り合い、恋に落ちたジェイクは、任務に疑問を持ち始める。やがて人類は軍隊を送ってナヴィたちを攻撃し始めた。

 デジタル3D技術に最も適しているのは、実写でもアニメーションでもなく、モーション・キャプチャーであると、「Disney’s クリスマス・キャロル3D」のレビューでも書いた。「Disney’s クリスマス・キャロル3D」のモーション・キャプチャーがアニメーションに近いのに対し、本作のそれは実写に極めて近い。そして、モーション・キャプチャーと実写が、一つの画面の中で全く違和感なく融合している。CGと実写の「ベルリンの壁」が崩壊したのである。これこそ、「アバター」がもたらした映像革命だろう。

 従来、3Dの役目は画面から物や人が飛び出して観客を驚かせることだった。だが、本作では3DはCGと実写の融合を完全にするために使われている。アニメーションと実写を合成した場合、アニメの部分は実写に比べ立体感がなく、ペラペラに見える。本作では3Dがパフォーマンス・キャプチャーで作られたCGアニメーションに立体感を与え、実写との違和感をなくしているのだ。

 その結果、巨大な大木が立ち並ぶジャングルに奇妙な花々が咲き乱れ、山々が空中に浮かび、様々な怪獣が陸を走り、空を飛ぶパンドラの世界が、実写と全く同じように、スクリーンに広がった。我々の世代が子供のころ、明らかにセットのジャングルに着ぐるみの怪獣でも、十分に驚いたことを思うと、この「アバター」の世界を体験できる子供たちは何と幸せだろうか。今まで全く見たことのない革新的な映像で、驚くことが出来るのだから。

 パンドラの世界は、地球の自然と似ているようでどこか異なっている。景観、植物、動物、そしてナヴィ族の言葉から動作、暮らしぶりまで、すべてが完璧に設計されている。キャメロンが作り上げた異世界には、全く綻びがない。

 主人公ジェイクはアバターとなって、無機質で味気ない実写の現実世界から、光と色に溢れたCGの世界へ入っていく。その落差の演出がとてもいい。ジェイクがナヴィたちに導かれ、ジャングルを走り、翼竜に乗って空を飛ぶ場面の、何と素晴らしいことか。観客までアバターとなって、CGの世界に入り込んだような臨場感がある。まさに驚異の体験だった。

 戦闘機やパワーローダー(「エイリアン2」でシガニー・ウィーバーが着ていたパワードスーツ。ウィーバーは本作にもナヴィの味方をする女性科学者役で出ている)で攻め込む人類に対し、翼竜に乗って弓矢で立ち向かうナヴィたちの戦闘場面には、本当に、子供のころのようにワクワクした。戦闘場面でこんなに興奮したのは久しぶりだ。最新のモーション・キャプチャーと3D技術によって、キャメロンは私の中の失われた童心さえ、呼び覚ましてくれた。

 しかし、悔やまれるのはストーリーだ。せっかくの映像革命に、なぜもっと夢のある話を用意しなかったのか。エコロジー的な暮らしを保つナヴィたちに対し、人類は明らかに侵略者で、とても居心地の悪くなる話なのである。米国の歴史を考えれば、ナヴィたちはアメリカ先住民そのものだ。そして、ベトナム戦争やイラク戦争のイメージも取り込まれている。

 キャメロンは米国の負の歴史を告発したかったのかも知れない。そのメッセージはとても分かりやすいが、分かりやす過ぎて反発を感じてしまった。もし米国の覇権主義を告発するのであれば、戦闘場面をこんなにカッコよく興奮するように描いてはいけないと思う。例えば「ソルジャー・ブルー」(1970)などアメリカ先住民に対する米国の非道を描いた映画では、戦闘場面は残虐で不快であるからこそ、メッセージも胸に迫るのだ。反ベトナム戦争のメッセージが込められた「ディア・ハンター」(1978)や「プラトーン」(1986)などもそうだ。それに比べ、本作は人類側もナヴィ側も、余りにもカッコいいのである。人類側で軍隊を指揮する大佐(スティーヴン・ラングが好演)など、悪役にもかかわらず、妙に魅力的だ。キャメロンのメッセージは宙に浮いてしまい、全く伝わらないどころか、せっかくの映像革命に水を差すように思われるのだ。

 それでも、これほどの圧倒的な映像を見せられたのだから、もはやキャメロンの偽善的なメッセージなど、どうでもいい。映像革命は起きたのだ。我々も「アバター・プロジェクト」に参加せずには、いられないだろう。

小梶勝男

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