アクロス・ザ・ユニバース - 町田敦夫

◆名曲の力が感動を生む傑作ミュージカル映画(90点)

 「ビートルズを特別視しているのは日本人だけで、英米では単なる“解散したバンドの1つ”としか見られていない」と言われることがあるけれど、やっぱりそれは俗説だ。ツェッペリンやクイーンの曲をどうつないだってミュージカルは作れまい。いや、作れば作れるかもしれないが、少なくとも一般公開できる映画にはなるまい。

 『アクロス・ザ・ユニバース』は、舞台版「ライオンキング」の演出家として知られるジュリー・テイモアが、ビートルズの33曲のナンバーから紡ぎ出したミュージカルだ。通常のミュージカルではストーリーが先にあり、後からそれに合わせた音楽が書かれるのだが、本作の場合はビートルズの曲が先にあり、それに合わせたストーリーが考案された。テイモアはレゴの模型を組み立てるように、膨大なビートルズナンバーから曲を選び、あれこれ並べかえていったのだろう。

 物語の縦軸となるのはイギリス人の若者ジュード(ジム・スタージェス)とアメリカ人の少女ルーシー(エヴァン・レイチェル・ウッド)との恋、横軸となるのはベトナム戦争、公民権運動、ドラッグカルチャーなどで揺れる60年代アメリカの社会情勢だ。

  これらが織りなすプロットに、ビートルズナンバーの歌詞がものの見事にはめこまれているのには舌を巻く。イギリスを旅立つジュードが「毎日手紙を書くよ」と元カノに約束し(All My Loving)、彼と出会ったルーシーが「恋に落ちたら、あなたも私を愛してくれる?」と尋ねる(If I Fell)という具合。さらにはこうした直球ばかりではなく、徴兵事務所が「I Want You」と歌い出すような変化球もある。「A Day In The Life」のノイズの使い方なども含めて、本当にうまい。

 面白いのはビートルズと同時代の英米を舞台にしていながら、あれほどの影響力を誇ったバンドが劇中にまったく出てこないこと。言ってみれば、ビートルズの存在しないパラレルワールドが舞台なんですね。その代わり登場人物の役名はすべてビートルズの歌詞から取られたものだし、セリフの中にも頻繁に歌詞とそのパロディが紛れ込む。確かに「ビートルズの存在する世界」でこれをやったらリアリティがおかしくなってしまうので、テイモアのこの舞台設定は正解だったと言えるのだろう。

 もちろん、テイモアの「本業」であるダンスシーンは多彩で華麗。ダンスクラブやチアリーディングといった定番的なシチュエーションから、徴兵事務所や病院を舞台とする変わり種まで、見事な振り付け、セットデザインの群舞が見られる。もちろん、曲はすべてビートルズナンバーだ。

 主演のジム・スタージェスは、日本では『ラスベガスをぶっつぶせ』で先に顔が売れたが、実はこちらがスクリーンデビュー作。当然、撮影時には無名だったわけだが、基本的に歌はうまいし、高音部の色気はなかなかのもの。序盤に歌われた「GIRL」と「All My Loving」を聴いただけで、オーディションテープだけでテイモアに起用を決めさせたという逸話に納得がいった。

 ベトナムや人種暴動の陰をくぐりつつも、ジュードとルーシーのロマンスは、ビートルズファンなら誰もが知る屋上ライブのクライマックスへと駆けのぼる。シンプルな物語に名曲の力が感動を加え、131分の上映時間が少しも長く感じない。ビートルズを知る世代なら我知らず膝がリズムを取るだろう。

町田敦夫

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