◆何しろ身体を張ったギャグがすさまじく、その激しい動きは前衛舞踏のようにさえ見える(65点)
サイレント映画を思わせる、アナログ感満載の奇妙なコメディーは、アベルとゴードンのカップルによる監督・主演映画で、彼らの個性が炸裂している。ベルギー・ブリュッセル近郊に住む主婦のフィオナは、不注意から勤務先のハンバーガーショップの冷凍室に閉じ込められてしまう。翌朝、九死に一生を得て救いだされた時、フィオナはなぜか氷への愛に目覚めていた。自分の不在にさえ気付かない夫ジュリアンや子供たちを捨てて、仏の港町バルフルールに到着し、小舟タイタニック号の船長で寡黙なルネと共に、氷山を目指すのだが…。
ベルギー人のドミニク・アベルと豪生まれのカナダ人のフィオナ・ゴードンの2人は今も現役で活動する道化師(クラウン)だという。同じく道化師仲間のブルーノ・ロミと共に、サイレント映画のようにほとんどセリフのないコメディーを作り上げた長編第一作が本作だ。何しろ身体を張ったギャグがすさまじく、その激しい動きは前衛舞踏のようにさえ見える。コメディーと言っても爆笑ではなく、思わずプッと吹き出してしまうそのパントマイム風の肉体芸は、実は身体の動きひとつひとつが計算されていて、特に、前半にフィオナがベッドの中で悪夢に苛まれ、シーツで氷山の形を見せる場面が素晴らしい。他の登場人物の動きや、なりゆきで起こる出来事も、どれもこれも超が付くほどシュールである。ヒロインのフィオナは、氷や寒さへの偏愛に目覚めるが、それ以上に自分が愛するものを懸命に追うことに喜びを感じて、どんな逆境(?)にも立ち向かう。夫のジュリアンはフィオナがいなくなって初めて彼女への愛に目覚める恰好なのだが、この夫の粘りも妻に劣らずかなりなものだ。冒頭とラストに登場するイヌイットの女性の語りによる物語のオチがこれまたトボけていて魅力的である。監督・主演の他、映画製作のほとんどの過程で活躍するアベルとゴードンは、若くも美しくもないのだが、唯一無二の存在感を見せる。バスター・キートンやジャック・タチを彷彿とさせる作風は、奇妙なノスタルジーに溢れていて、クセになってしまいそうだ。ベルギーといえば、古くはジャック・フェデー、最近ではダルデンヌ兄弟やジャン・クロード・バンダムが思い浮かぶが、フランス映画と類似していながら独特の映画と作家性が生まれる、まったくもってスミに置けない小国なのである。
(渡まち子)