◆実話を基にした、「山岳映画」の伝統を受け継ぐドイツ版「剱岳」。尤も、「剱岳」は一応登頂に成功するが、こちらは悲劇的な結末が待っている(71点)
ナチス政権下の1936年、ドイツ人の登山家、トニー・クルツ(ベンノ・フュルマン)とアンディ・ヒンターシュトイサー(フロリアン・ルーカス)の2人が、「殺人の壁」と呼ばれる前人未到のスイスの名峰アイガー北壁に挑む。アイガー北壁山麓の町クライネ・シャイデックには、2人の幼馴染みであり、ベルリン新聞社でアシスタントとして働いていたルイーゼ(ヨハンナ・ヴォカレク)も、上司と共に取材に訪れていた。絶好のコンディションを待って登攀を開始したトニーとアンディを、オーストリア隊の2人が追う。
前半、トニーとルイーゼの淡い恋や、ルイーゼの上司との三角関係、ナチス嫌いのドイツ登山家と、ナチス党員のオーストリア登山家との対立などが描かれるが、ドラマとしてはあっさりとしている。盛り上がってくるのは、やはり北壁への登攀が始まってからだ。前半の「タメ」がここで効いてくる。山でのロケや、巨大冷凍庫での撮影で作り上げた映像の迫力が凄かった。悪天候や怪我、雪崩によって、登山家たちが次第に追い詰められていく様子は息詰まるほどだ。登攀場面のドラマに、前半の人間関係がきちんと生かされているのも良かった。
本作には個人的に思い入れがある。2004年の秋、舞台となるクライネ・シャイデックを取材で訪れたことがあるのだ。登山やスキーの専門店が並ぶ小さな町には、山小屋風だったり、ベランダに花がいっぱいに飾られたりした、歴史のあるホテルが建ち並び、文字通り「絵に描いたような」美しさだった。その背景には、常にアイガー、メンヒ、ユングフラウのオーバーラント三山が、当たり前のようにそびえている。彫刻刀で荒々しく削り取ったような山々は、美しいけれども、怖いような威圧感があった。本作でクライネ・シャイデックの町を再び目にし、あの時の感動が甦ってきた。
そんな個人的な思いは抜きにしても、本作はドイツ映画らしい重厚な力作だ。演出は地味で話は暗いのだが、アルプスの自然の圧倒的な厳しさ、美しさは存分に伝わってきた。
(小梶勝男)