アイガー北壁 - 町田敦夫

◆久々の傑作山岳映画がお目見え(80点)

 ジャーナリストとしては有能だが(あるいは、ジャーナリストとして有能であるがゆえに)人間性にいささか欠陥のあるベテラン記者が、劇中でいみじくもこう語る。「記事になるのは栄光か悲劇だ。『登頂を断念して無事に下山』では誰も読まない」と。この言葉はそのまま「映画になるのは栄光か悲劇だ」と言い換えられるだろう。1930年代、スイスの名峰アイガーの北壁は、「ヨーロッパ最後の難所」と呼ばれていた。本作はその初登攀を目指した若者たちの友情と苦闘を、実話を元に描いたドイツ映画。結末が「栄光」なのか「悲劇」なのかは、あえて予備知識なしで観にいくことをお勧めしたいので書かない。

 ナチスドイツが国威発揚のためにアイガー北壁初登攀を煽り立てていた1936年、登山家として名を上げ始めていたトニーとアンディは、この<殺人の壁>に挑むことを決意する。一方、ベルリンの新聞社でアシスタントに甘んじていたルイーゼは、2人と幼なじみだったことから大抜擢され、上司のアーラウと共に現地取材に赴く。出発の前夜、トニーは想い出の詰まった登山日記をルイーゼに託すと、翌早朝からアンディと共に北壁へのアタックを開始。しかしオーストリア隊も負けじと後を追って……。

 監督・脚本のフィリップ・シュテルツェルが再現した、当時のアイガーを巡る状況が興味深い。未踏の北壁に挑む登山家を「見物」するのが、物見高い金持ちたちのレジャーだったのだ。彼らはふもとのホテルのテラスに望遠鏡を並べ、北壁が征服される歴史的な瞬間を持った。もちろん時には登山家が滑落する姿や、凍死する姿も見たはずだ。金持ちの1人が「残酷だな。まるで剣闘士の戦いを見物するローマ貴族だ」と口にするのは、まさに至言。夜ごと正装して豪華な食事を楽しむ下界の人々と、風雪にさらされながらわずかな岩棚でビバークする登山家との対比に、こちらの口中には苦いものが広がった。実際の山でのロケと、冷凍倉庫でのセット撮影を組み合わせた映像は驚くほどリアル。高所と極寒のイメージに思わず身がすくむ。

 シュテルツェル監督は人間描写の腕もたしか。寡黙なトニーとお調子者のアンディという構図は、2人が登場して数シーンで明確になる。ルイーゼと久々に再会するシーンでは、躊躇なく彼女をハグするアンディに対し、トニーはぶっきらぼうに突っ立ったまま。だがそれだけで、観客にはルイーゼが2人のどちらを好きかがわかるのだ。トニーとアンディが生死の瀬戸際に立たされる終盤、上司からの取材命令を突っぱねるルイーゼの叫びは強く胸を打つ。しかし、あえて彼女にカメラを持たせても、それはそれで劇的な映画になったように思う。

 実話に基づいた映画というのは意外に脚色が難しく、わけてもモデルとなった人物が存命の場合にはその傾向が倍加する。彼らへの配慮が最優先となり、一定の感動は呼ぶもののストーリーの面では凡庸な作品になりがちなのだ。アンジェリーナ・ジョリーの『マイティ・ハート/愛と絆』(07)や、現在公開中の『しあわせの隠れ場所』などはその典型だろう。

 その点、この『アイガー北壁』の元ネタは70年以上も前の話だから、かなり大胆な脚色が可能だったと推察される。たとえばドイツ軍に籍を置くトニーとアンディが反ナチス的で、逆にライバルのオーストリア隊がナチス党員であるという設定は、主人公コンビへの感情移入を促すための創作なのではあるまいか。ルイーゼなどは、ことによるとまったくの架空の人物かもしれない。それでいいのだと思う。映画作家は面白い映画を作るのが一番の仕事。その点で、シュテルツェルは実に素晴らしい仕事をした。あなたもぜひ「ふもとのテラス」からトニー、アンディ、ルイーゼの試練を見守り、3人の愛や友情、命ぎりぎりの決断に涙してほしい。

町田敦夫

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