アイアン・スカイ - 青森 学

政治風刺映画として映画史に大きな足跡を残すことが出来たと思う。(点数 87点)

(C)2012 Blind Spot Pictures, 27 Film Productions, New Holland Pictures. ALL RIGHTS RESERVED.

ナチスが密かに月に逃れ基地を建設し軍備を増強して再び世界征服を目論む政治風刺コメディ。
愚かなナチスを嗤い、利己的なアメリカを嗤い、エゴを剥き出しに争う国際政治を嗤いものにしてとにかく痛快。

ナチスは文字通り地下に潜り南極にある地下道を通じて世界を再度征服しに来るというようなトンデモ説がオカルト雑誌でまことしやかに報じられていた時もあったが、当時のナチスの科学力ならば拠点を月面に移したというのもあながち絵空事とは思えない。
終戦間近の世界において宇宙へ行く科学技術が最も進んでいたのはドイツだった。ロケット技術を進歩させたフォン・ブラウン博士がV2ミサイルを開発したのもナチスに所属していた時だった。当時、宇宙に最も近かったのはドイツだった。ドイツは世界で最初のジェット戦闘機を実用化した国でもある。何故ナチスは映画の題材に事欠かないのかというと、ヒトラーのオカルティズムとドイツの科学力が混合して戦勝国の常識では量れない怪しい魅力を放っているからだ。
第四帝国として生まれ変わったナチスは反重力航行を可能にする技術を持っているのに、コンピュータは相変わらず大型汎用機並みにでかい技術のアンバランスさが奇妙なリアリティを作品に与えている。
重力が地球の6分の一である月面の様子を描写するためにスローモーションを使うなどのいじましい演出が低予算映画であってもアイディア次第で佳作が作れることを証明している。振り返って見れば、宇宙船のデッキでの移動が地球と変わらない重力があるなど突っこみどころはあるのだが、そういったリアリティにお金を掛けるよりもこの作品が政治コメディであることを自覚してそちらに注力する真摯さにむしろ潔さを感じる。

何故ナチスが月に逃れて第四帝国を建国したのかその説明がまったくない。つまりは続編が製作される余地が残っているということだ(公開がいつになるかは分からないが、プレスには前日譚の製作が決定したと書かれてあった)。

アメリカの大統領がサラ・ペイリンに似ていた。オーバルルームに置かれていたホッキョクグマとコヨーテの剥製はペイリン氏が狩猟好きであるイメージを忠実に反映したものである。おそらく剥製はアラスカ州知事時代の戦利品だったように推測される。
ちなみにWikipediaにはサラ・ペイリンが全米ライフル協会の会員であると明記されている。
選挙キャンペーンを有利に進めるためにアフリカ系アメリカ人を49年ぶり(時代設定は2018年)に月へ送り込むなどポピュリズム化していくアメリカの選挙活動を痛烈に皮肉っている。ナチズムもまたポピュリズムが顕在化した政治体制だから現代のアメリカの政治もさほど変わりが無いことを示している。
月に送り込まれたアフリカンアメリカンの宇宙飛行士(クリストファー・カービー)はナチスに拘束されてマッドサイエンティストから尋問を受けるのだが、その過程で彼は白人に改造されてしまう。有色人種を白人に改造したりするナチスの愚考をここでも皮肉っているところが面白い。ちょっと調べればナチスが優生種だと主張していたアーリア人の規定がいかにくだらないのかが判る。これは1990~1993年に起きたルワンダ紛争の原因である白人がツチ人とフツ人の身体的な相違の境界を強引に線引きした愚行にも通じている。

エンドクレジットでズームアウトしていく地球が映し出され、夜の太平洋側を鳥瞰する世界のうち日本だけがミサイル攻撃を受けていない。オーストラリアも非核保有国のはずだが、攻撃されているように見えた。重箱の隅をつつくようで心苦しいのだが、何か意味があるのだろうか。

政治や権力の愚かさを笑い飛ばしながら大事なものはなにか気づかせてくれるこの作品は、ただ観て終わりというのではなく、自分と関わる世界について考えさせられる点で良質な政治コメディと言えるだろう。

青森 学

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