◆生活の描写にご都合主義のところはあるが、子育てと仕事の両立に奮闘するひろ子の生き方と、安兵衛が江戸から現代にやってくる不思議の理由が絶妙に重なる構成は上手い(60点)
江戸から現代にやってきたお侍がお菓子作りに目覚めるというハートフル・コメディーには、現代人が忘れがちな“1本通った筋”がある。シングルマザーのひろ子は、息子の友也と二人暮し。ある日、侍姿でうずくまる木島安兵衛という男に出会う。安兵衛は江戸時代から現代の東京にやってきた侍だというのだ。驚き怪しみながらも、なりゆきで彼を居候させることになり、安兵衛はお礼として家事いっさいを引き受けることに。友也に対して叱るべきところは叱り、礼儀を教え、病気になれば必死に看病する安兵衛。3人は不思議な絆で結ばれていく。ある時、友也のためにプリンを作ったことから安兵衛はお菓子作りに目覚め、人気パティシエになって外で働くようになるが、3人のバランスが崩れ始める…。
当たり前だが、江戸時代と現代の東京では、カルチャーギャップは大きい。安兵衛のさまざまな驚きが笑いを誘うのだが、江戸のお侍から見れば、現代は“あさましき世”だと言うのが耳が痛い。他人を思いやることもなく、礼儀もわきまえず、分不相応なことを望んでしまう現代人。ひろ子母子だけでなく、観客である私たちも、安兵衛からさまざまなことを教わることになる。だが、安兵衛の側にも学ぶことはあった。「男は外向きの仕事、女は家内の仕事」との考えが必ずしもセオリーではないこと、働くことの意味などがそれだ。あっさりと現代になじんで電化製品をたちまちマスターするなど、生活の描写にご都合主義のところはあるが、子育てと仕事の両立に奮闘するひろ子の生き方と、安兵衛が江戸から現代にやってくる不思議の理由が絶妙に重なる構成は上手い。テイストはあくまでもライト感覚。それでも物語はタイムスリップもの特有の楽しさにあふれていた。散歩の途中で立ち寄った和菓子店での思いがけない“再会”が待つ最後のオチがなかなかいい。目にも美しく美味しそうなスイーツがふんだんに登場するので、グルメ映画としても楽しめるハートフル・コメディーだ。
(渡まち子)