静かな空気に包まれたヒューマン・ドラマ(60点)
鬼才・園子温監督らしからぬ静かな空気に包まれたヒューマン・ドラマだ。監督自身の亡き父への思いを投影した非常にパーソナルな内容のせいか、強く浮き彫りになっているのは、家族というテーマである。ガンで闘病中の父を毎日病院に見舞う史郎は平凡なサラリーマン。だがある日、史郎自身がガンに蝕まれ、父親よりも短い命だと知らされる。家族や恋人にもそのことを言えずに悩む史郎だったが、残された時間は僅かしかなかった。
いわゆる“余命もの”というカテゴリーでは、過剰に“泣き”が入るが、この物語は終始穏やかだ。唯一、主人公の爆発は、父が死に、火葬場へ向かう途中にやってくる。棺桶から遺体を出して一緒に釣りをするその場面は、物静かな史郎が起こす狂った行動だ。生前果たせなかった約束を断固として守るその姿には、彼自身の命の燃焼が重なって見える。毎日の食事や仕事、何気ないおしゃべり。自分の余命を知るとすべてがいとおしい。人間はいずれは誰もが死ぬ存在。本来は残り時間など関係なく、大切にしなければならないものが日常だということだろう。命はセミの抜け殻のようにはかないが、主人公は、自分の中の伝えるべきものを知ることで、生の道筋を納得できたのだと思う。
(渡まち子)