だれもがクジラを愛している - 青森 学

無論、命を救うことは尊いことだが、それだけの理由では動かない現実を多面的に見せているところがまた安易な動物愛護精神に傾いていないので見応えがある。(点数 77点)


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この物語は1988年にアラスカで実際に起きた氷に閉ざされた海からクジラを救出した事件を基にしている。
この映画を観ていると、クジラを救うことで自分も恩恵を受けようと功利的に協力する人たちをシニカルに眺める視点があることに気付く。
穿った見方をすれば、この映画は功利主義への揶揄を含んだ政治的な作品なのだ。
それはこの事件から20数年が過ぎた現在でも国家を支配して放さない市場原理主義への懐疑にも繋がっている。イヌイットの少年が防寒用のダンボールを観光客に法外な値段で売りつけるシーンがあるがその最たるものだ。

イヌイットの民は崇拝する行き場を失ったクジラを捕らえて食べようと主張するのだが、
この畏敬するものを食べるという行為は万国共通であるように思われる。聖体拝受もある意味このカテゴリーで括られる。
イヨマンテも神聖視する熊を屠って祀るという一見矛盾した行動が人類の記憶に根強く残っている。おぞましい事件もあるが、畏敬するものを身体に取り込むという考え方は多くのイニシエーションで採用されている。
イヌイットの人達もクジラを神聖視しつつ猟をするのだが、これを理解しない欧米人が多い。聖体拝受という概念があるのに理解できないのは不思議ではあるのだが。

クジラは食べてはならないが、牛や羊は食べても良い。
何故に家畜を食べることが許されているのかは、旧約聖書でそう記されているからである(のちにキリストはすべての食物は穢れていないと戒めを改めるのだが)。だから捕鯨国家国民がそれを指摘しようとも彼らの強固なイデオロギーを覆すことが出来ない。

どうも、欧米人の捕鯨に対する嫌悪は、万物の霊長である人類を頂点に、その位階に組み込まれたクジラは比較的高位に位置する動物であり、家畜とは違い、人類に準ずる知能を持つクジラを食べることを欧米人は忌避しているのだろう。

だが、この発想はダーウィニズムや優生学にも関わってきそうで、この考えを延長すると人類の頂点に立つのは白色人種で、それに準ずるのが有色人種であるという懸念に結びつく。
これは欧米人のエスノ・セントリズム(自文化中心主義)と云えるもので、反捕鯨に対する捕鯨国家の反感は食文化の否定よりも欧米人の価値観の押し付けに対する怒りのほうが強い。
一方、捕鯨国家である日本は自国の食文化を否定される怒りもそうだが、「捕鯨」という既得権益を放棄することへの反発もあるだろう。

政治家や官僚が役得を捨てられないように日本人もまた既得権益を諦めきれないのである。捕鯨は日本の食文化であるという反論についても正鵠を得た主張には思えない。過去に自国の文化でありながら廃止されたものはいくつもある。

日本の食文化を重んずるならば何故江戸時代に一般的であった一汁一菜の食生活に戻らないのか。
カレーライスを食べながら捕鯨は日本の食文化であるから守らなくてはならないと語っても説得力はゼロである。
海外の食文化を輸入してその食生活を変えてきたのに、なぜ捕鯨だけが日本の食文化であることを理由に守られねばならないのか。
自分たちの都合で食生活を選好しているのに、それを「文化」として正当化することに矛盾は無いのか、またそれは詭弁ではないのか。

そのダブルスタンダードに気付かない人も多い。
捕鯨は宗教やイデオロギーの対立にも似ていて簡単に答えが見つけられる問題ではない。
この作品もまた、そういった様々な人の利害の対立をきちんと描写しているので安易な動物愛護で終わらせていないところにこの映画の奥深さを感じさせる。

この映画は捕鯨文化への当て付けのように感じる人がいるかも知れないが、実際に観てみると捕鯨問題で得をする人達の批判を背後に隠しながら少しばかりシニカルに描いているので、単純に”クジラ可愛し”、だけの映画では無いのだ。

原題の「Big Miracle」といい、邦題といい、どれも映画の実態と合っていなさそうなところが歯痒い。
どちらかと言うと人為的に生まれた奇跡だし、クジラを愛する以上にお金や立身出世を愛しているような人達が多く登場しているので、純粋にクジラの救出劇に感動する話でもない。
クジラの救出を心から喜んだのは当時、お茶の間で固唾を呑んで事態を見守ったテレビの前の視聴者であることは言うまでもない。
映画では功利主義の効用を誇示したいのか、それとも批判したいのかよく分からない。只、いろんな損得感情が働きながらクジラが救われたという事実が歴史に刻まれたことは間違いない。
タイトルが暗示するような無理矢理感動を押し付ける映画では無いので、その点で見ごたえはある。
むしろこの映画を観終わった後はこの邦題に皮肉が少し含まれているように感じた。

青森 学

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