◆ウディ・アレン旅行社の洒脱でアブないバルセロナ・ガイド(70点)
「双子と寝たい」と書いていたのは若い頃の村上春樹だったが、ウディ・アレンの今作のテーマはズバリ、3P。初対面の女性2人を臆面もなくベッドに誘う画家や、愛人を同居させた方が公私ともに順調という芸術家夫婦を見ていると、私たちが日頃疑うことのないモラルの土台がちょっと揺らぐ。「バルセロナが大好き」と公言するアレンが、有名な観光スポットをぜいたくにロケに取り入れているのも、見逃すことのできないポイントのひとつだ。
アメリカ人のヴィッキー(レベッカ・ホール)とクリスティーナ(スカーレット・ヨハンソン)は、バカンスのために訪れたバルセロナで、画家のフアン・アントニオ(ハビエル・バルデム)からセックスの誘いをかけられる。真面目なヴィッキーは彼に反感を覚えるが、惚れっぽいクリスティーナはたちまち同棲を開始。ところがそこにフアン・アントニオのエキセントリックな元妻、マリア・エレーナ(ペネロペ・クルス)が転がりこんできて……。
アレンがラテン系のステレオタイプとして描くフアン・アントニオとマリア・エレーナの関係性が何ともおかしい。ただでさえ刃傷沙汰の末に別れた夫婦だけに、クリスティーナが加わることでさらなる修羅場になるかと思いきや、逆に夫婦仲は円満に。3人が3人とも心満たされ、性的にも芸術的にも開花するなんて展開は、アレンの人を食った語り口なしには成り立つまい。クリスティーナに関係の解消を切り出されたフアン・アントニオが、「平和で幸せな日々は終わりだ」と嘆くシーンには思わず笑った。三角関係が「平和で幸せ」って、いったい……。
アレンの視点は一貫して「ラテン世界に迷いこんだアメリカ人」の側にあるが、同じアメリカ人でもヴィッキーとクリスティーナの性格は正反対。ちなみに多くの女性が自分の分身と意識するのは、発展家のクリスティーナではなく、慎重派のヴィッキーの方だろう。最初は嫌っていたフアン・アントニオに次第に好意を募らせていくヴィッキーが、クリスティーナに複雑な羨望を抱いたり、誠実だが面白みのない婚約者を前に迷ったりする心情は、ありがちではあるがやっぱり切ない。
望むものは明確にわかっているけど、手に入れてから「本当にこれでよかったの?」と疑問を持つヴィッキー。望まないものは明確にわかっているけど、望むものがわからずに探し続けるクリスティーナ。2人はともに(理由はまるで違うけれども)永遠に満足にたどり着くことはないだろう。あのサグラダ・ファミリア教会が、いつまでたっても未完であるのと同じように。
(町田敦夫)