すべて彼女のために - 町田敦夫

◆緩急の利いたフランス版『プリズン・ブレイク』(80点)

 無実の殺人容疑で逮捕された妻。裁判では濡れ衣が晴らせないと知った夫は、妻を脱獄させようと周到な計画を練り始め……。あらすじだけ書けば、人気の海外ドラマ『プリズン・ブレイク』のフランス版といった趣だが、この作品、ただの“亜流”には終わらない、見事な人間ドラマになっている。妻のリザに扮したのは『イングロリアス・バスターズ』『ナショナル・トレジャー』のダイアン・クルーガー。夫のジュリアンはフランスの名優、ヴァンサン・ランドンが演じた。

 脱獄させると一口に言っても、ジュリアンは平凡な教師に過ぎない。たとえばあなたの愛する人が無実の罪で投獄されたとして、あなたに何ができますか? お手上げですよね。ところが私やあなたと同じ「ただの人」であり、幼い息子の父親でもあるジュリアンは、刑務所の構造や人の出入りを調べ上げ、少しずつ突破口を開いていく。すべては妻への愛ゆえだ。死刑のないフランスが舞台ではあるが、監督・脚本のフレッド・カヴァイエは、希望を失ったリザが自殺未遂を図るという状況を設定し、ジュリアンの妄執に十分な説得力を与えている。

 もちろんジュリアンの計画が終始順調に進むわけではない。裏社会の人間と接触してひどい目に遭ったり、強盗を計画してあえなく挫折したりする。その点で、彼はあくまでも「こちら側」にいる「私たち」の1人なのだ。だからこそ、ジュリアンがついに道を踏み外す瞬間が、ことさらショッキングに感じられる。無実の妻を救うために、夫が罪を犯すという皮肉が、「我がこと」として迫ってくる。

 これが長編デビュー作となるカヴァイエ監督の、巧みなストーリーテリングには舌を巻いた。とりわけ「謎とサスペンスを提示するファーストシーン」→「フランス風の濃厚な濡れ場」→「突現の逮捕劇」と続く淀みのないオープニングは、日本の映画人にも大いに参考にしてほしい。出だしの「つかみ」が悲しいほど弱いのが、日本映画に共通する欠点ですからね。

 カヴァイエはまた、主人公の両親や、ジュリアンに教えを授ける「脱獄名人」といった脇役たちにもキラリと光る個性を与えている。物語が「緩」から「急」に移るシーンで、テンションをガガッと上げるクラウス・バデルトの音楽もいい。よく練りあげられた脱獄の実行シーンから、ありきたりのハッピーエンドには終わらないラストシーンまで、あなたは固唾を呑んでスクリーンを凝視し続けるだろう。

 ちなみに本作は、ハリウッドの名手ポール・ハギス(『クラッシュ』『ミリオンダラー・ベイビー』)によるリメイクがすでに決まっているという。ハリウッド流にビッグな役者を投入したり、アクションシーンを派手にしたりする手もあるが、それはハギスの持ち味ではあるまい。とすると、真犯人の側のドラマを広げるのか、冤罪の問題を掘り下げるのか、あるいはヒロインがシロかクロかわからないままにして気を持たせるのか。どんなアレンジを加えるにせよ、ハギスよ、このオリジナルより面白い映画を作るのは簡単じゃないぞ。

町田敦夫

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