◆無実の罪で投獄された妻のため、夫は全てを投げ打って行動に出る。夫婦愛というより、運命に立ち向かう男をリアルに描いたサスペンスの秀作だ(81点)
暗闇の中、人が争う音だけが聞こえてくる。そして、血で濡れた手で車を運転する男。その表情は、もう後戻りできない不安と、突き進んでいくしかないという意思を、見事に物語っている。冒頭から、ただならぬ緊迫感。この場面だけで十分に、「いい映画」の予感がする。それは裏切られなかった。
平凡なパリの国語教師(ヴァンサン・ランドン)の妻(ダイアン・クルーガー)が、ある日突然、殺人の疑いで逮捕される。夫は妻への疑いを晴らそうと、探偵を使って事件を調べさせるが、3年がたち、20年の禁固刑が言い渡される。絶望して自殺未遂を起こした妻を救うため、夫は全てを投げ打って行動に出る。
タイトルから恋愛ドラマを想像する人もいるかも知れない。だが、本作はサスペンスであり、アクション映画だ。主人公は妻を脱獄させようとするのである。
「96時間」の主人公のように、特殊能力があるわけではない。あくまでも平凡な男が、ただひたすら妻を救いたい一心で、脱獄のプロに接触し、偽造パスポートを入手し、着々と脱獄計画を練っていく。
偽造パスポート一つ手に入れるにも、そんなに簡単なことではない。まず偽造のプロを探そうと、主人公は、裏社会に通じていると思われる路上のタバコ売りに聞いて回る。すぐには教えてもらえず、主人公の車の助手席に、タバコが山積みになる。そんなディテールがしっかりと描かれているのがいい。最近の映画では、そういうところを省略してしまいがちだ。何でもあっさりと上手く行き過ぎて、見ていて白けてしまうことがしばしばある。本作は普通の国語教師が、仕事をし、小さな子供の世話をし、お金があといくら残っているのか心配しながら、一つひとつの問題に取り組んでいく姿を、リアルに描く。その積み重ねが、一人を脱獄させることがいかに困難かを伝え、さらには、それでも突き進んでいく主人公の強烈な意思の力を表現している。
本作には明確な「悪役」が存在しない。妻は突然逮捕され、どうすることも出来ないまま刑を宣告される。偶然の積み重ねで殺人の証拠が揃ってしまい、それを覆すことが出来ない。そこから冤罪の恐怖を描くことも出来たかも知れないが、本作にとって、冤罪の問題は全く重要ではない。妻の突然の逮捕は、誰かが悪いというより、逃れようのない運命、すなわち古典的な「悲劇」として、主人公に襲いかかってくる。自分の運命にどのように立ち向かうか。そこに焦点をあてたドラマ作りが素晴らしい。監督のフレッド・カヴァイエは本作が長編デビュー作という。才能は十分に感じた。
ヴァンサン・ランドンは、家族のために静かに執念を燃やす男を好演している。単なるハッピーエンドではない、余韻のあるラストも良かった。
(小梶勝男)