◆細心の脱獄計画はサスペンスとして楽しめるが、基本はヒューマン・ドラマだ(70点)
無実の妻を救うためすべてを捨てる夫の覚悟が感動を呼ぶヒューマン・ドラマの佳作。平凡ながら幸せに暮らすジュリアンとリザ夫妻。だがある日突然、身に覚えのない殺人罪でリザが逮捕、投獄されてしまう。必死で無罪を主張するが、状況証拠は彼女に不利なものばかりで、3年の時が過ぎる。妻の無実を信じるジュリアンは、絶望し自殺未遂まで図ったリザの姿をみて、ある計画を実行する決意をする…。
冤罪事件の場合、いかにして無実を主張するか、もしくは真犯人を追及するかのサスペンスフルな展開になる。だが本作はそうではなく、現行の法で妻を救えないと知ったとき、主人公は正義を求めるより、脱獄し自由を得る道を選んだ。法や国家に見切りをつける、大胆にして切実な個人の思いがそこにあり、ごく普通の教師が、脱獄のため犯罪に手を染めるという意外性が効いている。むろん簡単に実行できることではなく、偽造パスポート入手で大金を巻き上げられた上、暴力をふるわれて打ちのめされたりするが、逆にそのことがジュリアンの決心を固めることになる。自分は犯罪を犯そうとしているのだから、もう堅気の人間ではいられないと根性を据えてからは彼の行動に迷いはない。脱獄に関する本を読み、著者に会い、資金を用意し、監獄や囚人用の病院の内部を調査する。脱獄計画を実行に移してからのジュリアンの表情は、もはや教師のそれではなく、暴力も辞さない犯罪者の狂気を感じさせる。愛する妻のため一人孤独に戦い続けるジュリアンを演じたヴァンサン・ランドンが素晴らしい。細心の脱獄計画はサスペンスとして楽しめるが、基本はヒューマン・ドラマだ。映画は、愛する人のために、平穏な生活や友人や両親、ついには祖国まで、すべてを捨てる覚悟はあるかと問う。終盤のスリリングな逃亡劇は、銃撃戦やカーチェイスなどの派手なアクションに走らなかったことが逆にリアルさを増した。あくまでも小品として仕上げたことで、締まった1本になっている。
(渡まち子)