すばらしき父さん狐 - 岡本太陽

◆ウェス・アンダーソンの世界では父さん狐が渋くてカッコいい(85点)

 アレクサンドル・デプラの軽快で心地良いサウンドトラックがまるでもう1つの脚本の様に、物語を綴ってゆくウェス・アンダーソン監督最新映画『すばらしき父さん狐(原題:FANTASTIC MR. FOX)』。ヘンリー・セリックに代わり、マーク・グスタフソンがアートディレクションを手掛け、哺乳類の動物たちを擬人化させた人形がストップモーションでアクションや家族ドラマを繰り広げる。それらの動物の人形の声に扮するのも、ジョージ・クルーニー、メリル・ストリープ、ジェイソン・シュワルツマン、ビル・マーレイ、マイケル・ガンボン、と演技派で豪華なハリウッドスター達。全てCGで作られるアニメが主流となり、加えアニメの3D化も進んでいるだけに、本作は新鮮で贅沢な時間を提供してくれる。

 フェリシティ(ストリープ)に突然妊娠を告げられてから2年後、新聞のコラムニストとして働くミスター・フォックスこと父さん狐(クルーニー)は妻と息子アッシュ(シュワルツマン)と、穴の中で暮らしていた。家族の事を考え、引っ越しを計画する父さん狐。彼は、3人の悪名高き金持ちの農場主によって経営されている施設にあまりにも近いため、危険が及ぶ可能性があるという友人のアナグマの弁護士バドガー(マーレイ)の忠告を無視し、結局丘の上にある木の下に新居を構える。引越し後すぐに、父親の病気のために甥のクリストファーソン(エリック・チェイス・アンダーソン)がやって来て、一緒に木の下で暮らす事になる狐一家。ところが、父さん狐の困った"野生本能"が原因で、彼らの穏やかな生活は農場主たちに脅かされてゆく。

 父さん狐は現在コラムニストだが、以前はニワトリ泥棒をしていた。そして今、彼の新居は食用のニワトリや七面鳥が飼育されている施設の目と鼻の先。彼の血が騒ぐ。よって父さん狐の標的になるのが、ボギス、バンスそしてビーンという人間の農場主たち。父さん狐が家族に内緒で施設に侵入する姿は、友人と釣りを楽しむ父、妻には内緒でパチンコに出かける父、または子供の見えないところで煙草を吸う父の姿などを連想させる。今は家族がいて、若かった頃の様に何でも好き勝手に出来ないミドルエイジ・クライシスに瀕している男の頭と心のギャップがうまく描かれている。

 母さん狐フェリシティは無茶をやった父さん狐に言う、「どうしてそんな事したの?」、父さん狐は言う、「野生の動物だからさ」。男という生き物はどう頑張っても、所詮はワイルドアニマル。そのあたりの男の事情と動物・狐の本能を交え、巧みに父さん狐像を造ってゆく。結構自分勝手な行動は多いが、言い訳しない彼。まるで60年代のフランス映画俳優の様な風貌で、リラックスした佇まいがたまらなく渋く、なんだかそんな性格に憧れすら抱いてしまう様な格好良さが彼にはある。

 父さん狐に限らず、他のキャラクターもユニークで魅力的なのが本作の素敵な点。時々上の空になるモグラのカイリー(ウォレス・ウォロダースキー)や『ウェストサイド・ストーリー』に出て来そうなギャング風のネズミ(ウィレム・デフォー)、また体育の先生のスキップ・コーチ(オーウェン・ウィルソン)など、個性的なキャラクターが集まり、ウェス・アンダーソンの世界を演出する。また、登場する全ての動物が言葉を話すのかと思いきや、人間に飼われている家畜や犬は擬人化されず、野生の動物だけが人間の言葉を話すという趣向も面白い。

 そんな個性的なキャラクターの中でも、特に強い印象を与えるのは狐家の1人息子アッシュ。身長が低く、運動神経もあまり良くない彼は、運動神経抜群で容姿端麗、おまけに性格も良い、まるで真逆な従兄弟のクリストファーソンをライバル視し、時に彼に意地悪な行動をとる事も。生意気でなぜか自信だけはあるアッシュに、時に苛立を覚える事もあるが、実は寂しがり屋で人一倍家族思いの彼が、最終的には愛らしい存在になってしまうだろう。

 こういった徹底したキャラクター作りはやはり脚本によるところが大きく、アンダーソン氏特有の色も放つと同時に、ロアルド・ダール(「チャーリーとチョコレート工場」等)が1970年に発表した同名原作本の映画化を、長年待ち望んだ監督の情熱すらも感じられるものとなっている。またアンダーソンは『イカとクジラ』のノア・バームバックと共同で脚本を手掛けており、バームバック氏同様、アンダーソン氏も『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』や『ダージリン急行』で難しい家族の物語を扱っているため、本作は父さんきつねの農場主たちとの戦いより、家族ドラマが主となり、またそれが人間味溢れる素晴らしい描かれ方がなされている。

 ロアルド・ダール著の原作は子供向けの本。しかし、ウェス・アンダーソン監督作は子供向けというよりは、大人を喜ばせる様な作風。殺人シーンもあり(実際には人ではないが)、何より家族のために、汚い仕事から足を洗い気質の仕事で生計を立てている父さんきつねの複雑な心模様に哀愁すら感じる。アンダーソン氏の映画に登場する家族はなぜかいつも複雑な状況下にある。そんな彼らは羨ましく感じられる程、人間臭くて、切なくて、愛らしい。本作も時にエモーショナルで、大人のための絵本を読んでいる様な気持ちになる愛すべき、愛すべき映画だ。

岡本太陽

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