◆へんな映画(60点)
松本人志監督の『大日本人』に続く第二弾は、試写会を行わなかった前回より、ある意味で秘密主義の宣伝戦略がなされた。ようは、一応マスコミに見せはするが、あれは書くなこれは書くなと細かい注文をつけ、監督のメディア露出も謎のパジャマ姿のみという、視聴者の興味を引く作戦だ。
このパジャマ姿の男は、2つのストーリーが同時進行する本作の、作品世界の根幹を成す側の主人公。年齢不詳、国籍不詳、四面を真っ白な壁と天井に囲まれた何もない部屋で、彼は目覚める。どこかから拉致されて監禁されているのか? それとも夢の中か。あるいはあの世なのか。いや、そもそもここは"死後"の世界ではなくむしろ……。
ともかく、観客にも男にもそれはわからない。ただ彼は生物としての本能か、とにかく脱出しようと試みる。ただしできることはほとんどない。「あること」をするのみだ。それが何かは見ればわかるし、もう公開日を過ぎているのだから律儀に宣伝会社のNGリストなど守る必要はありゃしないが、知らないほうが楽しめると判断し、あえて伏せておきたい。
もうひとつのストーリーは、メキシコが舞台となる。見るからにしょぼくれたルチャドール(プロレスラー)の平凡な朝だ。ただし今日は、どうやら強い若手との大事な試合の日らしい。
この二つがどう絡むかは見てのお楽しみ。どちらも松本監督らしい笑いにあふれた楽しいもので、特に本作は海外の観客を意識しているため、字幕がなくても笑えるギャグが多い。前作のようにカンヌ映画祭で見せたとしても、途中退場者が出る事はなかっただろう。
前作を見た人なら想像がつくように、この監督は普通の映画を撮る気はまったくないから、映画館ですっきりしたい人には向いていない。結末の解釈もやっかいだし、私なりの考えはあるがそれが正解かどうかもわからない。私は"正解探し"に興味がないタイプなのでそれでもいいが、もやもやする人は誰かと話し合ったり、ネットやらで他人の考えを見聞きして、自分を納得させるほかないだろう。
松本監督がやりたい「オリジナリティのある映画を作る」とは、映画を多少なりとも知る者であれば、並大抵の度胸では恐れ多くて決していえない台詞だ。ただ映画の発明以来、数え切れぬほどの才能が挑みつくしたこの2009年に、あえてそれをやろうという気概は買いたい。テレビの世界を知り尽くした松本監督ならば、何がしかの成果をあげる可能性は高いだろう。本作においても、その才能の片鱗はうかがえる。彼の引き出しはまだまだたくさんあるはずだ。
ただ繰り返すが、これは相当変な映画なので、普通のお客さんにはまったく勧められない。不条理コメディを楽しめれば十分、スッキリしないラストでもいいという人ならば、試しに味わってみても損はない。
(前田有一)