さまよう刃 - 山口拓朗

◆重厚な人間描写から一転、ドラマチックな刑事物語へと変化する(70点)

 ある日、残虐な少年犯罪により娘を失った長峰(寺尾聰)。奈落の底に突き落とされた長峰のもとに、犯人の正体を告げる匿名の密告電話が入る。犯人と思われる名前と住所を知った長峰は……。

 加害者家族の葛藤を描いた小説「手紙」(2003年)を例に挙げるまでもなく、小説家、東野圭吾の犯罪や法に対する嗅覚と視点はじつに鋭い。本作「さまよう刃」は、娘をいたぶり殺された被害者遺族の心情を通じて、犯罪に重さと少年法のあり方について考えさせる氏の同名小説(2004年)の映画化作品である。

 子供を殺された親の、加害者に対する憎しみはいかばかりか? 更生を目的とする少年法に基づいた判決に、心から納得する被害者遺族はどれだけいるだろうか? 仮に納得できなかったとして、では、被害者遺族は、加害者に対する怒りと憎しみをどう沈めればいいのか? この映画は、手厚く保護される少年犯罪の加害者を含め、あらゆる犯罪者の審判を法律に委ねることしかできない現代社会に、「果たしてそれが本当の正義なのですか?」と疑問を投げかける。

 主人公の長峰に対する感情の抱き方は千差万別だろう。共感できる人、共感できない人。もっと直接的な言い方をするなら、「加害者少年を同じ目にあわせて殺してやればいい」と考える人もいれば、「加害者少年の更生の機会を奪ってはいけない」と考える人もいるだろう。中間的な意見も多数あるはずだ。

 長峰を追うベテラン刑事(伊東四朗)が、法のあり方に疑問を呈す部下の中堅刑事(竹野内豊)を叱咤するセリフに重みがある。簡単に白黒をつけることができない犯罪に対して、その審判を法律に委ねること。それが現在のところ、われわれの社会が、社会秩序を保つに最もふさわしいやり方として採用している制度、ということになるのだろう。

 序盤に、見どころというにはあまりにもおぞましい衝撃的なシーンがある。それは、娘を殺された長峰が、密告電話を受けた直後に訪れた「ある場所」で「あるもの」を見るという内容のもの。この場面を見た時点で、おそらく大多数の観客は、ポップコーンやコーラを口に運ぶその手を止めて、作品のテーマと向き合う覚悟を決めるであろう。それにしても、このシーンにおける寺尾聡の熱演はすばらしい、いや、すさまじい、と言うべきか。

 竹野内豊扮する中堅刑事が長峰に対して抱く同情の念は、本人の警察官としての甘さうんぬんを別にすれば、法律のあり方に疑問を抱く人々の気持ちをよく代弁している。同情票を投ずる観客も少なくないだろう。前述した<長峰が「あるもの」を見るシーン>を見せられたうえで、長峰の心情が「さっぱり分からない」という人は、ほとんどいないだろうから。

 もっとも、ずさんな警察捜査や(たとえば、長峰の携帯電話や留守番電話に対する追跡捜査が甘い)、長野のペンションでの猟銃にまつわる大味なドタバタ劇、終盤に露呈される中堅刑事の軽卒な行動など、リアリティを欠いたゆきあたりばったりなエピソードたちは、この映画にとって大きな手負いだ。

 重厚な人間描写から一転、ドラマチックな刑事物語へと変化するクライマックスに至っては、スケールを大きく見せることで、なんとなく映画を「見た気」にさせるが、その反面、テーマの鈍化を余儀なくされた。設定とディテールを丁寧につめていけば、より質の高い作品になったであろう。

山口拓朗

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