この道は母へとつづく - 福本次郎

◆顔も覚えていない、愛された記憶もない。それでも少年の胸を突き動かす母への想い。冷めざめとした映像と氷が奏でるような音楽が主人公の心象風景となり、切ないまでの一途な感情が張り詰めた糸のような緊張感を醸し出す。(60点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 顔も覚えていない、愛された記憶もない。それでも少年の小さな胸を突き動かす自分を捨てた母への想い。今さら会いに行っても受け入れてくれるかどうかも分からないのに、彼は母の住所だけを頼りに知らない街を歩き続ける。冷めざめとした映像と氷が奏でるような音楽、それらが主人公を取り巻く心象風景となり、切ないまでの一途な感情が張り詰めた糸のような緊張感を醸し出す。孤児院で育てられたゆえ体よりもずっと早く大人にならざるを得なかった心、6歳にしてここまで老成してしまった少年の姿が痛ましい。

 ロシアの孤児院で育てられたワーニャはイタリア人夫婦との養子縁組が決まる。そんな時、以前養子に出された少年の母親が孤児院を訪ねてきたことから、ワーニャは実の母に会いに行く決心をする。

 捨てられた孤児とEU先進国の夫婦との養子縁組を仲介してカネ儲けをするブローカー。大人たちは裕福な家庭に引き取られることが子供たちの幸せになると諭すのだが、子供たちの気持は簡単には割り切れない。引き取り手のなかった子供たちはそのまま成長し、孤児院の中で働くかヤクザや売春婦とならざるを得ない現実。運よく引き取られた子供たちも臓器を奪われるという噂が立つ。選ばれた子供も選ばれなかった子供も一様にみな小さな心を痛めている。親に捨てられまっすぐに愛を信じることができない哀しさが映画からあふれ出る。

 ただ、6歳の少年にここまで行動力や機転が備わっているものだろうか。孤児院という狭い世界で育ち外の世界を知らないワーニャが、ブローカーを出し抜き、電車やバスで巧みに大人の歓心を買う。さらにブローカーの運転手に追い詰められたときには割れビンで自傷行為までする。いくら大人びた心を持っていても経験値までは背伸びできないだろう。10歳くらいの設定ならば、その後に運転手と理解し合えたり、母親との「再会」シーンにも説得力があったのだが。。。

福本次郎

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