◆主人公の年齢が29歳というビミョーなところが上手い(50点)
夢に向かってゆる~く頑張る若者の姿がリアルだ。気合は感じないが譲れない一線があるところがいい。マンガ家を目指して故郷の大阪から無計画に上京した29歳の聡。なんとかみつけたおんぼろアパートで、クセのある住人たちとともに、貧しくも楽しい生活が始まった。だが唯一連載していた雑誌が休刊に。ただの無職の男になって途方にくれる聡は、仕事が上手くいかず大阪に戻ろうかと悩むが、その矢先に父親がガンで入院したことを知る…。
職もなく金もなくコネもないが、夢はある。マンガ家に限らず、才能勝負の世界で頑張るには、自分を信じ続けるしかないのだ。主人公の年齢が29歳というビミョーなところが上手い。夢をあきらめるには早すぎるが、不安定な仕事ではなく堅実な職業につこうとするなら今がギリギリの境界線。聡の揺れ動く心を鏡のように写すのが嘘つきの同級生の野島だ。彼女はカメラマンを志しながらいまだに芽が出ないアシスタント。才能がないことは自分も周囲も知っているが、そんな彼女をバカにする人間を、聡は許せない。それは本当にマンガ家としてやっていけるのかと不安を抱える自分を否定されるのと同じだからだ。年齢、才能、家族。悩みはあっても、聡は結局、絵を描くことが大好きなのだと改めて気付く。いいかげんで冷たいようで面倒見がいい編集者に「僕は自分のマンガが面白くないなんて思ってないです」と、ようやく、でも、きっぱりと言う場面は、見ているこちらも胸がすく思いだ。カラスヤサトシはコミック作家だそうだが、自伝的なこの映画を見る限り、本人はいたって真面目なおとなしい青年。むしろ彼の周囲にヘンテコな人が集まってきている印象だ。草は柔らかく弱々しいが、暴風でポキリと折れる大木とは違い、どんな嵐の後でもゆっくりと起き上がる。この主人公の“強さ”は、弱い自分を信じてやれる心にあるような気がした。主演の井上芳雄はミュージカル界の俳優。長編映画単独初主演だが、舞台俳優特有の大仰さがなくナチュラルな演技が良かった。
(渡まち子)