◆着眼点がすばらしい(85点)
所属していた楽団が解散することになり、妻と故郷の山形に戻ったチェロ弾きの大悟(本木雅弘)。旅行代理店かと思って面接に足を運んだ会社に採用されるも、実際の仕事は、遺体を棺に納めるというものだった。しかも初仕事が、腐敗が進んだ老人の遺体だったため……。
着眼点がすばらしい。「納棺師(のうかんし)」。日本には昔からある職業なのだろうが、その実態を知る人はほとんどいない。そうした影の薄い職業にスポットライトを当て、なおかつ、のっけからその仕事ぶりを詳細に描く本作に、観客の多くは一瞬にしてのめり込むことだろう。
納棺のやり方は、地域によって大きく異なるだろうし、現代社会において、その手法はより多様化・簡略化されているはず。それだけに、本作で描かれる納棺の儀式は見物である。なかでも、その所作の一つひとつに、日本人の――死生観ともまた違った――死者に対する"愛情"が感じられるところに心惹かれる。こうした納棺の儀式が、世界でどのような感慨をもって受け止められるのか、たいへん興味深いところだ。
遺族の気持ちをくみ取ることが求められる難しい仕事であるにもかかわらず、「人の死を扱う職業(ビジネス)=いかがわしい・けがらわしい」というイメージが日本の風土には根付いており、主人公の大悟は、周囲の冷ややかな視線にさらされる。とりわけ、妻が夫(大悟)の職業を知った際に放った罵声は、ただでさえジレンマを抱える「納棺師」にとって、まさしく"泣きっ面に蜂"だ。
ただし、そうした冷ややかな視線とは別に、スクリーンを見つめる観客は、「納棺師」という仕事にある種の崇高さを感じることだろう。遺体の全身を清め、装束を着付けし、化粧を施し、表情を整える……。死んだ人間を美しくよみがえらせてからあの世に送り出す。その行為のなんと尊いことよ。納棺後に遺族の口をついて出る感謝の言葉は、「納棺師」にとって冥利にほかならない。
後半にきてグンと重みを増す"石文(いしぶみ)"をキーワードにした大悟と父の物語は、あまりにベタなお涙ちょうだいドラマである。がしがし、その行き着く先を、しかとテーマの「納棺師」に結びつけたことにより、観客は"深い余韻"を手にすることになる。
"死"に対する静ひつな感慨を呼び起こしながらも、随所にユーモアを添加したことにより、本作「おくりびと」は、取り扱う題材からイメージされる辛気くささを回避し、要所要所で、客席にリラックスした笑いを届ける。 その一方で、チェロの旋律が心地よいBGMや、厳しくも美しい東北の風景を織り交ぜながら表現される世界は、日本的な情緒にあふれ、静かな感動を誘う。
知られざる「納棺師」の世界を正攻法な演出で紡いだ滝田監督の手腕、脇役にまで演技派をズラリと揃えたキャスティング、そして、観る者の琴線に触れる久石譲の音楽。それらがシルクのように滑らかに絡み合ったこの秀作は、モントリオール映画祭でグランプリを獲得。日本を代表してアカデミー賞の最優秀外国語映画賞部門へ出品されるという。
(山口拓朗)