おくりびと - 前田有一

納棺師の仕事を描いた本格作品(90点)

© 2008 映画「おくりびと」製作委員会

 ヴェネチアが大カントクにリップサービスしているのを真に受けて、日本のマスコミはそちらばかり報道していたが、真に注目すべきはモントリオール世界映画祭だった。ここでグランプリを受賞した『おくりびと』こそ、まさしく世界に誇るべき日本映画の傑作である。

 念願だったチェロ奏者になった途端オーケストラが解散、莫大な借金を残し失業した大悟(本木雅弘)は、夢をあきらめ故郷の山形に戻った。それでも優しいけなげな妻の美香(広末涼子)のため、少しでも高給の仕事を探していた彼は、一つの求人広告に目をとめる。"旅のお手伝い"ということで、旅行代理店か何かと思い面接に行ってみると、旅は旅でもあの世への旅。遺体を浄め最後の別れを演出する、納棺師の仕事だった。

 遺族の前でご遺体の仏衣を手際よく着せ替え、同時に手早く浄めていく。張り詰めた空気と真摯な表情が、観客までも緊張させる。普段見ることのない、このような技術と仕事が存在していたことに対する驚き。強力なオープニングである。

 こうした日の当たらない職業にスポットを当てるという発想がよい。主演の本木雅弘が納棺師の職務について感銘を受けたことから、映画の企画が始まったと言うが、まさに慧眼というほかない。

 というのも、納棺師の姿を描くことは、日本人の死生観について明らかにするのと同義だからだ。この映画は、全世界の人々に通ずる普遍的なテーマ"死"を、私たち日本人がどうとらえているか、わかりやすく伝えた。

 むろん、日本人の死生観といっても一言で言い表せるものではない。穢れや言霊、魂の尊厳といった要素も、必ずしも固有の概念とは言えないかもしれない。だが、それでもそれらを統括する独特の雰囲気をこの映画は的確に描いている。そしてここが大事なところだが、モントリオールでグランプリという最高の評価を得たと言うことは、こうした日本人の心に、かの国の人々が共感した事にほかならない。

 きわめて日本的な風習、というより日本人の精神そのものを題材にしながら、世界標準とも言うべきベーシックな演出で外国に発信する。滝田洋二郎監督らが意図したかどうかは不明だが、このコンセプトのスケールの大きさ、戦略性はむしろハリウッドのそれに近い。日本の映画界に欠けているものの一つであり、だからこそ、それをものにしたこの作品を私は高く評価する。

 『おくりびと』を見た人々、特に外国人に与える好印象を想像すれば、スタッフ、キャストの仕事がどれほど偉大なものだったかわかるだろう。この映画は、世界中の人々にどんどん見せるべきだ。

 具体的に『おくりびと』の優れている点として、真剣きわまりない姿勢でありながら的確なバランスでちりばめられたユーモアがあげられる。試写室は笑いが絶えなかったし、それは遠くモントリオールでも同じだった。虚偽寸前の罠広告で主人公を見事つり上げる社長役・山崎努と、真面目一本やりな本木雅弘のやりとりは誰が見てもほほえましい。

 死体独特の臭い(キョーレツな遺体処理を思わせる場面もある)やケガレのイメージから人々に差別され、妻にも本当の仕事内容言えない主人公──といった展開はいささか大げさすぎるものの、後に大きな感動をもたらす。

 ただ、主人公と父親の関係にまで踏み込んでいるがこれはやり過ぎ。妻と主人公の関係に絞ったほうが本当は良かったが、ほかがあまりに良かったので特別に許す。

 途中、ある過酷な職業の人物が亡くなり、その手がアップになるシーンがあるが、これは反則である。あのショットを見て泣かずにいられるものはいまい。じつに素晴らしい。

 映画ではあえて描かれないが、日本では病院の段階で看護婦が的確な処置をするなど、湯灌については現代的なシステムが整備されている。作中に出てくるのは、古式納棺の儀というもので、だからこそ日本でも「はじめて見た」という人が多いのだろう。それを映画のスクリーンに映える、見せ場の域にまで高めたのは本木雅弘、山崎努という二人の才能。色っぽいシーンでサービスしてくれる妻役の広末涼子の事も褒めたかったが、そこまで筆が到達せぬほど二人の存在感は大きかった。なにしろ必見の一本である。

前田有一

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