◆ミステリアスで奥の深いヒューマンドラマ(75点)
高級レストランのマネージャーのシルビア(シャリーズ・セロン)は、颯爽と仕事をこなす姿とは裏腹に、私生活では、男たちとの行きずりの肉体関係や、自傷行為をくり返していた。彼女が時折思い出すのは、かつて自分の母ジーナ(キム・ベイシンガー)を襲ったある事故のことだった……。
監督は小説家としてデビューし、のちに映画脚本の世界に進出したギジェルモ・アリアガ。愛憎と救済を描いた「21グラム」(2003年)や負の連鎖を描いた「バベル」(2006年)などを手がけた俊英が、これまでの脚本作品同様に、入り組んだ展開と核心をえぐるような心理描写を武器に、ミステリアスで奥の深いヒューマンドラマを紡ぎ上げた。
物語のカギを握るのは、シルビアの母ジーナの不倫だ。どこにでも転がっていそうな不倫話だが、当事者であるジーナと、ジーナに疑いの目を向けるシルビアの心理をていねいに掘り下げることで、抗うことのできない人間の愛憎をリアルにあぶり出していく。
シャリーズ・セロンとキム・ベイシンガーの二大オスカー女優が愛憎うずまくキャラクターをそれぞれ熱演。背信を自覚しながらも禁断の愛に引きずられていく母親と、かつて負った傷を癒せぬままさまよい続ける娘。自分の心すらつかみきれずに、ただただ感情という魔物に翻弄されるばかり。そんな複雑な人物を描くのに、実績のある両女優の力を借りられたのは大きい。
キャストの力量に輪をかけて讃えるべきが、冴え渡るストーリー・テリングだ。時代が異なる複数のエピソードを確信的に同時進行で見せながら、少しずつ真実と心理をつまびらかにしていく手法は、ギジェルモ・アリアガ監督のお家芸とはいえ、その精度と効果の高さには毎度のことながらうならされる。
母の事故後にとったシルビアの行動に一部釈然としないところもあるが、それは映画として釈然としないというよりは、当事者と部外者の感情面における隔たりとでも言うべきもの。むしろその隔たりにこそ、シルビアが受けたトラウマの大きさが示されている。しょせん他人の推察のおよぶところにはないのだろう。
終盤、この映画は、新たな一歩を踏み出そうとするシルビアの姿を描くが、それをハッピーエンドと呼ぶ気になれないのは、シルビアが歩み続けてきた半生が、あまりに重たすぎるがゆえ。テーマ性の鋭さと構成の巧妙さに加え、見終わったあとの疲労感もまた「21グラム」や「バベル」に似ている。
(山口拓朗)