◆1967年製作のホラー・オムニバス大作は今も色褪せない幻想世界の極み。中でもフェリーニ作品は背筋が凍る。(75点)
仏と伊の3巨匠が、エドガー・アラン・ポーの怪奇文学を映像化、1967年に傑作ホラー・オムニバス「世にも怪奇な物語」が誕生した。このほどこの作品が、デジタル・リマスター版として美しくお色直しされることに。デジタル化は、画質と音声がクリアになるメリットの他に、過去の名作を若い世代に紹介できる絶好のチャンスとなる。ホラー・オムニバスは、映画、TVを問わず人気だが、3話構成の本作は、クオリティーの高さで群を抜く。
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◆深夜のスタジオでひとり開脚の練習に励み、砂袋を足首に巻きつけて跳躍力をつけようとする。教官の指導は厳しく未熟者は容赦なく罵声を浴びせられる。素質のほかに不断の向上心を持つ者が生き残るバレエの世界を再現する。(50点)
同輩たちが寝静まった深夜のスタジオでひとり開脚の練習に励み、砂袋を足首に巻きつけて跳躍力をつけようとする。教官の指導は厳しく未熟者は容赦なく罵声を浴びせられる。まるでスポ根マンがさながらの合宿生活、素質のほかに誰にも負けない向上心を持つ者だけが生き残るバレエの世界を再現する。彼らに求められるのは革命への強い意志と国家・党への忠誠心、自分のために踊ることを禁じられた感情のないロボットのような表情が悲しい。物語は、1980年代に米国に亡命した中国人バレエダンサーの“現在”と“過去”を交互に織り交ぜ、思想や権力では決して魂の自由を奪えないことを描く。
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◆「ミックは計画的で、俺は朝起きて考える」とのキースの言葉が印象的(50点)
生ける伝説のロックバンド、ザ・ローリング・ストーンズのアルバム「メイン・ストリートのならず者」の製作現場に密着した音楽ドキュメンタリー。南仏で行われたストーンズの曲作りと私生活、ライブなどを、貴重な写真と映像、インタビューで描いている。
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東京島 - 山口拓朗
© 2010「東京島」フィルムパートナーズ
◆無人島が備える「極限状態」というアドバンテージをどぶに捨てたような作品(35点)
簡単に筋を説明すると、無人島に漂着した22人の男と1人の女。さてこのあとどうなるでしょう? という映画である。「22人VS.1人」という確信犯的な設定からも察しがつく通り、ドラマのキーマンは、紅一点の主人公、清子(木村多江)である。もし桐野夏生の原作を未読の方であれば、鑑賞前に、彼女がこの過酷な状況下でどのように生き抜くのか、予測してみるといいかもしれない(ただしその場合、この批評は読まないほうが賢明です)。
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トルソ - 渡まち子
◆生身の男性にカメラが向かない分、ヒロコが大切にするトルソは繰り返し描かれるのが面白い(55点)
対照的な姉妹の再生を描く人間ドラマは、女性心理の深くてイタいところを突いている。アパレル業界で働く30代半ばのOLヒロコは、化粧もせず携帯も持たず同僚から合コンに誘われても断り続ける地味な女性だ。彼女は、顔や手足がない男性の身体の形をした“トルソ”という人形を恋人のように大切にして暮らしている。そんな彼女のマンションに、父親が違う妹のミナが恋人の暴力と浮気に耐えかねたと言いながら、強引に転がり込んでくる。図らずも共同生活をすることになった姉妹は、やがて少しずつ変化していくのだが…。
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◆頭を空っぽにしてただコレを存分に楽しむだけで良い(75点)
“オシリーナ”の愛称で知られる人気グラビア・アイドルの秋山莉奈を主演に迎えたバイオレンス系アクション・ホラー。様々な作品でアクション監督を務めた小原剛の『芸者VS忍者』に続く監督第二弾作品。
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東京島 - 福本次郎
© 2010「東京島」フィルムパートナーズ
◆絶海の孤島で特別な地位を手に入れた女が、それを楽しみつつも何とか助かろうとエゴをむき出しにしていく。女だからとあがめられ、女だからとさげすまれ、それでも女だからこそ生き延びようとする強烈な決意が浮き彫りになる。(40点)
絶海の孤島、10数人の男の中のたった一人の女。彼女はその立場を利用して女王のごとく振舞い、男たちを操っていく。水も食料も豊富にあり、贅沢をいわなければ結構快適に暮らしていける環境で、いつしか男たちは島の日常になじんでいる。脱出の機会をうかがう女にはそんな男たちが不満でたまらない。映画は図らずも特別な地位を手に入れた女が、それを楽しみつつも何とかわが身だけでも助かろうとエゴをむき出しにしていく過程を描く。女だからとあがめられ、女だからとさげすまれ、それでも女だからこそ生き延びなければならない強烈な決意が浮き彫りにされていく。
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◆見た目はハリウッドの雛形映画、だけど中身は……。(40点)
バディムービーというのは、いまやすっかりアメリカ映画のお家芸となっている。その多くは刑事もので、相棒の片割れはおしゃべりな調子者の黒人。そのマシンガントークに白人の主人公がうんざり顔で応対しつつも、決めるべきところは二人で決めるという友情アクション映画──。
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© 2007 2929 Productions LLC
◆デニーロ主演、プロデューサーはつらいよ(55点)
スレンダーな黒髪ロングの美女とめくるめく夜をすごす濡れ場が映画の中であったとすれば、男の観客は相手の男を羨ましく、幸せな奴だと思うだろう(むろん、美女の修飾語句は各自の好みに読み替えていただいて結構だ)。
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◆AV版、下妻物語(55点)
日本のアダルトビデオは一日に50本以上も作られており、もはや世界トップ級の映像産業といっても差し支えない。ファンの熱狂度も半端ではなく、そうしたマニアが集まる掲示板等で無名女優の写真を一枚見せると、それだけで即座に出演作から名前まで返答があるほど。くれぐれも、ふざけ半分で奥さんの若いころの写真などは見せないことである。知らぬが仏という、えらい人の言葉もある。
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◆全編とても寡黙だが、静かで抒情的な演出がじんわりと染みるようで、愛する人に伝えれられない恋心の物語にフィットしている(60点)
詩を通して結ばれる3人の男女を、リリカルに描くラブ・ストーリーだ。1987年、韓国の全羅道では、ソウル五輪に向けて高速道路の建設が急ピッチで進められていた。在日韓国人の幸久は日本で非常勤講師をしながら詩人を志していたが、祖父の葬儀のために、数年ぶりに故郷の村を訪れる。従兄で兄貴分のカンスと再会し、日本で働くよりも韓国で暮らすべきと誘われる。しばらく村に滞在することにした幸久は、カンスが想いを寄せる女性ソンエに、恋の詩を書くため、カンスに詩を教えることになるが、やがて幸久もソンエに惹かれていく…。
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◆スタローンの下に、ジェット・リーやステイサムら、アクション・ヒーローたちが大結集した超豪華なB級映画。粗っぽいが、それが「荒々しい魅力」にもなっている(73点)
シルベスター・スタローンにジェット・リー、ジェイソン・ステイサム、ミッキー・ローク、ドルフ・ラングレン。元プロレス界のスーパー・スター、「ストーン・コールド」スティーブ・オースティン、UFCのランディ・クートゥア。さらにカメオ出演で今やカリフォルニア州知事のシュワルツェネッガーと、ブルース・ウイリス。よくこれだけのメンバーが集まったものだと思う。集まっただけでもう十分、本作は成功と言えるだろう。これだけ集まってしまったら、逆にいい映画にはなりにくいが、いい映画じゃなくても全く構わない。とにかくアクション・ヒーローたちの大集結を観たいのだから。
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◆レズビアンカップルが精子提供者に出会うとき(80点)
映画『しあわせの法則』等で知られるリサ・チョロデンコ監督最新作『THE KIDS ARE ALL RIGHT』では、アネット・ベニングとジュリアン・ムーアの演技派の2大女優が2人の子を持つカップルを演じている。本作を観るまでは、そういった現代ではあまり多くない家庭環境を描くという事が本作をユニークなものにしている様にも見受けられるが、チョロデンコ監督とスチュアート・ブラムバーグ氏が手掛けた脚本は、そこに重点を置かず、あくまでも自然な家庭を描き出す。
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東京島 - 渡まち子
© 2010「東京島」フィルムパートナーズ
◆男たちの間を渡り歩いて、まるで柳の枝のしなやかさとしぶとさで生き抜く清子というキャラクターが素晴らしい(60点)
人間の生存本能と社会性を問う、桐野夏生の同名小説の映画化だが、ヒロイン役の木村多江が絶妙にフィットしている。夫婦二人旅の途中で嵐に遭った清子と夫は、無人島に漂着。意外なほどたくましくサバイバルする清子に対し、夫はたちまち衰弱する。その島に、16人の若いフリーターの日本人の男たち、さらに6人の中国人密航者の男たちが流れ着き、男23人に女は清子1人という奇妙な共同生活が始まった。その島は東京島と名付けられ、清子はただ1人の女性として女王のように君臨するが、次第に島のバランスが崩れていく…。
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◆自由を奪われたもどかしさと裸であられもない姿をさらす恥ずかしさに打ちひしがれながらも、いつしかその愉悦にヒロインの意識はとろけていく。それは抑圧していた自我の発見、本能に忠実に生きる人間の満ち足りた表情が美しい。(50点)
拉致され、監禁され、縛られ、吊るされ、人目にさらされる。それは女の胸の奥深くに潜む快楽を求める部分を道徳や羞恥心から解放するための儀式。自由を奪われたもどかしさと裸であられもない姿をさらす恥ずかしさに打ちひしがれながらも、いつしかその愉悦に彼女の意識はとろけていく。「やめて」と言っている唇が「やめないで」と口走りことでヒロインは本当の自分に目覚めるのだ。それは抑圧していた自我の発見、本能に忠実に生きる人間の満ち足りた表情が美しい。
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